げーむふぁくとりぃ

二次創作 SS 「 最強の(面倒臭がり)コマンダー 」 著作:めろん味のすいか
 ※本編のネタバレ含みます




     突然だがここは、全国各地にある8つのCOSMOSの学校の1つである、
     キョウシュウ高校の生徒会室前を横切る廊下である。
     そこに、この学校の1年生である1人の少年が立っていた。
     生徒会室へと続く扉を眼前にして。
トコナツ「さて、行くやすか」
     彼の名はトコナツ。
     生徒会室を根城とし、滅多に外へ出てくることがないダメ人間、
     もとい生徒会長に呼び出された為、今ここに立っている。
     コンコン。
トコナツ「せんぱーい! レイナ先輩! あっしでやす! 
     トコナツでやす! 入るやすよー!」
     ノックの後に、そう中にいるだろう人間へと声をかけると、
     トコナツは扉を開け、そのまま生徒会室に入る。
     すると、間延びした声がトコナツを出迎えた。

レイナ 「トコナツくん〜。
     合宿メンバー決定、おめでとう〜」
     そう、ここキョウシュウ高校では、9月に行われる合宿参加者が、
     ちょうど各学年から選抜されたばかりだった。
     ちなみに1年の合宿場所は、なんとこの学校だったりする。
レイナ 「…わたしは、ずっと寝てたかったんだよ〜。
     今この時も…」
     トコナツは思っていた。
    『一体何言ってるでやすか、この面倒臭がりは』、と。
レイナ 「だけど…。
     …残念〜。
     合宿の場所がここに決まっちゃったからね〜。
     やっぱり、ゆっくりできなくなっちゃったよ〜」
     トコナツは思っていた。
     『なんかまた面倒なことになりそうな予感がするやす』、と。
レイナ 「わたしは、ただ、のんびりするのが好きなだけだったんだよ〜。
     ただ、好きなだけだったんだよ〜」
     トコナツは思っていた。
     『ほら、やっぱり面倒臭いこと言い出したでやす』、と。
レイナ 「それがいつの間にか、
     生徒会長なんて面倒臭い肩書きを持ってしまってる自分〜。
     やる前からやる気を失くす仕事量〜」
     トコナツは思っていた。
     『これは間違いなく、面倒臭い流れやすな』、と。
レイナ 「いつしか、わたしは何もしたくなくなっちゃった〜。
     …誰だって同じでしょ〜。
     やる前から『疲れる』とわかってる仕事なんてやりたくないよ〜」
     トコナツは思っていた。
    『見込みが甘かったでやす、まさかここまで筋金入りの面倒臭がりだったとは』、と。
レイナ 「明日は合宿だよ〜。わたしの安息が崩れようとしてるね〜」
     トコナツは思っていた。
    『面倒臭い御託はいいから、仕事して下さいでやす』、と。
レイナ 「トコナツくんは、楽しかった〜?
     充実したズボライフを過ごしてたみたいだからね〜」
     トコナツは思っていた。
     『先輩と一緒にしないでほしいやす、なんでやすか、ズボライフって』、と。
レイナ 「わたしの3年間は、面倒事しかなかったよ〜。
     本当に、自分の平均睡眠時間さえ守れないよ〜」
     トコナツは思っていた。
    『その面倒事を押しつけられて、肩代わりしてきたのあっしなんでやすけど、
     ってか先輩の平均睡眠時間どんだけ長いやすか…』、と。
レイナ 「合同合宿なんて…。
     疲れるとわかりきってる合宿なんて…。何が面白いの〜?」
     トコナツは思っていた。
     『そりゃ、なんでも面倒臭がる先輩には理解できないでやしょうね』、と。
レイナ 「…ねえ、トコナツくん。
     …わたしの仕事を代わりにやってくれる〜?
     途中で諦めずに、やり遂げてくれる〜?」
     トコナツは思っていた。
    『いい加減にして下さいでやす、最強の面倒臭がりコマンダーが』、と。
レイナ 「…勿論〜。
     わたしは手伝いなんかしないよ〜。
     『半分だけなら』なんて言わずに全部やって〜。
     …どう〜?」
     この時、トコナツの頭に選択肢が浮かんだ。
    『勝負だorやめとく』
     だが、トコナツの選ぶべき答えは選択肢を見るまでもなく、既に決まっている。
     だからトコナツは、迷いのない声ではっきりと告げた。
トコナツ「勝負でやす!」
     開戦の合図を。
レイナ 「じゃ、いくよ〜」
     レイナも素直にそれに応じる。
     そう、COSMOSの学校に通う生徒なら皆、知っている。
     『なんだろうと、結果を決めるのはCOSMOS』だということを。

レイナ 「それじゃ、先攻はわたしが貰うね〜」
     さり気なく、ごく自然な風を装ったつもりで、レイナが先攻を奪う。
     しかし、さすがに意図がバレバレだった。
トコナツ「そんなのずるいでやすよ、先輩!
     相手から了承も得ないで、勝手に自分に有利な方を選ぶなんて!
     ちゃんと公平に…」
レイナ 「ぶっぶ〜。もう決まっちゃったことなんだよ〜。
     残念だったね〜。はい、わたし先攻、トコナツくん後攻ね〜」
トコナツ「なっ!?」
     トコナツの抗議も空しく、対戦はレイナに有利な条件で始まってしまう。
レイナ 「ん〜とね〜。まずはね〜。
     『名望の刀戦士』、『熱望の斧戦士』、『競望の爪戦士』の3体をバースするよ〜」
トコナツ(やっぱりそうくるやすか。レイナ先輩得意の戦士カード人海戦術。
     レベル1同士のぶつかり合いだと、さすがにこっちの分が悪いやす。
     戦士カードはレベルの割りに強力やすからね。だったらここは…)
トコナツ「あっしは『ジャグ』と『カニたま』をバースするやす!
    (倒されにくいカードで凌ぐやす!)」
レイナ 「え〜、何それ〜!? 味方回復効果持ちとダメージ軽減効果持ち〜!?
     また面倒臭いモンスター出したね〜。
     今のわたしのモンスターじゃ、すぐには倒せないよ〜」
トコナツ「それが狙いやすから。
     先輩の戦士モンスター相手じゃ、半端なモンスターをぶつけたところで、
     倒すどころか壁の役割すら果たせずに、ただやられるだけやすからね。
     そんな愚を犯すくらいなら、徹底的に守りに入らせて貰うやす」
レイナ 「む〜!」
     レイナが不機嫌そうに唸る。
レイナ 「なんてね〜。どう〜? 
     今わたし、ちょっと『ピンチ』っぽかったでしょ〜?」
トコナツ「は?」
レイナ 「どうしたの、トコナツくん〜?
     なんかノリ悪いよ〜?」
トコナツ「『ピンチっぽかった』ってまさか…」
レイナ 「うん、そう〜。
     実は全然、余裕なんだよね〜」
トコナツ「マジやすか…」
レイナ 「当然〜。
     3年生、なめないでよ〜?
     じゃ、いくよ〜?
     フォローカード『レイナ』を出すね〜。
     あ、そうそう〜。
     忘れるとこだったよ〜。
     プレートカードも追加で出すよ〜。
     ここでレイナの効果を使うね〜。
     プレートカードをリング上に出した時、
     自分のモンスター全員の攻撃力が1上がるよ〜」
トコナツ「うげっ!?」
     トコナツの口から思わず声が漏れる。
     その表情は明らかに青ざめていた。
     当然だろう。
     これで相手の名望の刀戦士、熱望の斧戦士、競望の爪戦士はそれぞれ、
     攻撃力3、攻撃力5、攻撃力4となったのだから。
     トコナツの先頭モンスターはカニたまだ。
     『自身が攻撃で受けるダメージが1減る』という、
     防御向けのカードでそうそう簡単には倒されない。
     普通なら…。
     だが、レイナの先頭モンスターはよりによって、熱望の斧戦士だった。
     強化され、『攻撃力5』という、
     レベル1としては破格の数値を得たこのモンスターの前では、
     ほとんどの同レベルは一撃で屠られてしまう。
     それはカニたまとて例外ではなかった。
レイナ 「いくよ〜! 熱望の斧戦士でカニたまに攻撃〜!」
トコナツ「くっ…!」
     カニたまが撃破され、トコナツのCSが削られる。
     幸い、相手のデッキの主軸がレベル1なので、
     CS的には大きな痛手とはならない。
     しかし、さすがにこれを続けられると、
     じわじわと追い詰められ、
     CSだってやがては削り切られてしまう。
     その結果、迎えるは、敗北の未来だった。
トコナツ(これは、まずい流れやすね…)
     あらゆる勝負事には流れというものが存在する。
     流れとは即ち、風向きとも言い換えることができる。
     追い風が吹けば、前進する力を得ることができるが、
     反対に逆風を受ければ、踏み出すことすらままならず、
     風の強さによっては押し戻されるか、或いは吹き飛ばされてしまうだろう。
トコナツ「なんの!
     風向きが悪ければ、変えるだけでやす!
     うおおおおおおっ!」

     …そうして、程なくして決着はついたのだった。
トコナツ「…ぐう、完敗やす。やっぱり届かなかったやすねえ。
     悔しいやすけど、まだまだ精進不足ってことやすか…」
     そう言った後、トコナツは大きな溜め息を吐いた。
レイナ 「いやいや、結構頑張ってたと思うよ〜?
     これだと多分、うちの1年生達の中じゃあ、
     もう敵なしなんじゃないかな〜?」
     しょんぼりと肩を落とすトコナツに、レイナが笑いかける。
トコナツ「そうでやすかね?
     そのあっしをボコボコにしてた先輩にそんなこと言われても、
     あんまり説得力がないでやすが…」
レイナ 「そう腐らずに、もっと自信を持ちなよ〜。
     トコナツくんは充分以上に強いんだからさ〜。
     なんなら、わたしが保証してあげるよ〜?」
トコナツ「はは、そりゃどうもでやす…」
     いつも通りのマイペースなレイナのもの言いに、
     トコナツは乾いた笑いを浮かべている。
     すると、レイナが軽く膨れっ面になりながら、こんなことを口にした。
レイナ 「もう〜、駄目だぞ、そんな弱気じゃあ〜。
     経験した敗北の分だけ、
     これから重ねる勝利への糧にしなきゃさ〜。
     なんてったってトコナツくんは将来的には、
     うちを引っ張ってく立場になるかもしれないんだから〜」
トコナツ「ははは。…。…え?」
     思いもよらない言葉に、
     唖然とするトコナツの様子を微塵も意に介することなく、
     レイナは話を続ける。
レイナ 「今年の全国大会で、もしわたしが失敗したなら、
     その時はきみに仇を取って貰いたいんだよ〜。
     優勝して、なってほしいの〜。
     …全国のコマンダーの頂点に」
     ここで流石に、トコナツは慌てて口を挟んだ。
トコナツ「ええっ!? そ、そんな!?
     とてもじゃないやすけど、あっしには無理でやすよ、そんなの!?
     現にたった今、先輩にフルボッコにされたばっかじゃないやすか!?」
     トコナツの反論に、レイナはいつにもまして、真面目な態度で言葉を返す。
レイナ 「トコナツくん〜、今の自分の実力が限界だと勘違いしないでよ〜。
     きみは1年生なんだから、まだまだ伸び代はあるはずだよ〜。
     わたしと違ってきみにはこれから成長して、
     その時までに強くなる為の時間がたくさん残されてるんだから〜」
     最後の言葉には、どこか寂しそうで儚げな響きが含まれていた。

トコナツ「…先輩」
     だからトコナツはただ一言、それだけしか言葉が出てこなかった。
レイナ 「今日わざわざ呼び出したのには、実はちゃんとした目的が2つあってね〜。
     1つはさっきの対戦でのきみの成長確認〜。
     そしてもう1つは、言わなくてもわかるよね〜?」
     そう言った後、無言でレイナがトコナツの目を見据えてきた。
     その視線を真っすぐに受け止め、
     トコナツは静かに返答としての言葉を紡ぎ出す。
トコナツ「…覚悟の、確認やすね。
     あっしがうちを、
     このキョウシュウ高校を全国に導く意思があるかどうかの…」
     返事を聞いたレイナはにんまりと、口元に満足そうな笑みを浮かべてみせた。
レイナ 「あはは、ご名察〜。で、どうかな〜?
     まあ、そんなに肩肘張って考えて貰わなくてもいいんだけどね〜。
     だってこれ、ただのわたしの我儘に過ぎないわけだし〜。
     勿論、無理強いはしないよ〜」
     そんな彼女の様子を見て、トコナツはポリポリと頭を掻いた後、
     『降参』とばかりに両手を横に広げた。
     どうやら、もはや彼の中では結論が出ているようであり、
     これ以上、この話題についての議論をする気はないらしい。
トコナツ「はぁ〜、あっしの性格を知ってて、
     尚かつそれをしっかりと考えた上でのこの物言い…。
     これもう、逃げ道ばっちり封じてるようなもんじゃないやすかねえ?」
レイナ 「そうかな〜? まあ、気にしない気にしない〜!」
     あからさまに呆れた表情を浮かべるトコナツに対し、
     レイナはまるで悪びれた様子もなく、にこにこしている。
トコナツ「ああ、そうでやす。先輩に大事なことを言い忘れてたやすよ」
レイナ 「ん〜?」
     トコナツの言葉に、レイナが怪訝そうな反応をする。
トコナツ「全国優勝するのはいいんでやすけど、仇討ちはやらないやすから」
レイナ 「あ、あれれ〜? どゆこと〜?」
     しれっと言い放つトコナツに、レイナが困惑する。
トコナツ「ま、要するに先輩は先輩で優勝してきて下さいってことやすよ。
     夢を後輩に託すなんてのは、
     なるほど、確かに聞こえはいいやすけど、
     それって自分で叶えられない前提で話を進めちゃってるやすよね?
     厳しい言い方になるやすけど、
     そんな保険をかけること自体がただの逃げやす。
     戦う前から勝利を諦めてるように思えるやす。
     先輩にとって、今年が全国に挑めるラストチャンスやすよね?
     全力を尽くし続ける決意と最後まで戦い抜く覚悟はできたやすか?
     …万全以上の状態で、いつも以上の力で戦おうという気概が今の先輩に、
     本当にあるやすか?」
     あたかも、詰問でもしているかのような強い調子での言葉に対し、
     返されたのは誤魔化しの意図を含ませた苦笑いだった。

レイナ 「あはは、これはなかなか手厳しいね〜。
     まあ、トコナツくんがそう言いたくなる気持ちもわかるんだけどさ〜、
     我ながら『情けないこと言ってるな〜』なんてことは、
     これでも一応自覚してるつもりだし〜。
     …でもだからこそ、こっちとしては言葉に詰まっちゃうんだよね〜。
     あはは〜」
     相変わらずの、飄々とした態度を崩さないレイナに、
     若干呆れつつも毅然としてトコナツは言った。
トコナツ「…『あはは〜』じゃないやすよ、全く…。
     しっかりして下さいでやす」
レイナ 「う〜ん、そうだね〜。いや〜、どうにもこれはさ〜。
     もう『面倒臭い』なんて言ってる場合じゃあ、
     どうやらないみたいだよね〜」
トコナツ「当り前やす」
     バツが悪そうにはにかむレイナに、トコナツがジト目を向ける。
     そこで再び、真面目な表情を作り直すレイナである。
レイナ 「うん、わかったよ〜。
     折角の全国の舞台だしね〜。
     出場するなら、全力でぶつかってくることを誓うよ〜。
     まあ、なんだかんだ言っても、わたしもコマンダーだしね〜。
     悔いが残るような対戦はしたくはないんだよ〜。
     …そう、悔いは残したくないな〜。
     面倒事ばっかりだった3年間じゃあったけど、
     『それが楽しくなかったか』って言われれば、
     そんなの楽しかったに決まってるわけだし〜。
     トコナツくんとも会えて、一緒にたくさん馬鹿やったりさ〜。
     だからこそ、最後まで悔いなく楽しみたいな〜。
     …うん、決めた〜!
     わたしはここを卒業する前に全国で優勝するね〜。
     そんな快挙を成し遂げた卒業生がかつていたことが、
     これからうちに入学してくるたくさんの後輩達に、
     この先ずっと語り継がれてくことに期待するよ〜。
     …願わくば、それがその子達の自信に、
     そして誇りへと繋がってくれると尚、嬉しいな〜。
     『凄いコマンダーがいた学校に在籍してるからには自分達だって、
     いつか負けないくらい強くなるんだ〜』ってな感じでさ〜」
トコナツ「んな単純な…。
     いくらなんでも都合が良過ぎるやすよ、そんなの」
     ドヤ顔で理想を語るレイナに対し、
     トコナツはあくまで現実的な考え方に基づいたツッコミを入れる。
     多種多様な視点を持つのは、その対象が何事であれ、
     大切なことであるだろう。
レイナ 「ご都合結構じゃない〜!
     何事にもモチベーションというのは大事なんだから、
     それを維持する為の努力は怠るべきじゃないと思うな〜、わたし〜」
トコナツ「まず発想に問題があるやすし、
     考えが随分と飛躍してるとように感じるやすけど…。
     でもどうやら、ようやくやる気になったみたいやすね、先輩?」
     力説するレイナに向け、トコナツがニヤリと笑いかける。
     そんな彼に、レイナも同種の笑みを返す。
レイナ 「まあ、そうだね〜。かわいい後輩に、
     あんまりかっこ悪いところを見せちゃうと、
     幻滅されちゃうかもしれないからね〜。
     大会本番は期待してていいよ〜。
     わたし、本気で頑張っちゃうんだから〜」
     そう言って、レイナは小さくガッツポーズをしてみせる。
     それを見ながら、トコナツが楽しそうに言う。
トコナツ「しないでやすよ、幻滅なんて。
     たとえどんな結果になったとしても。
     それに、あっしはこれっぽっちも心配なんざしてないやすよ?
     だって、先輩のことだからきっと、
     こんなのなんでもないことのように、
     あっさりと優勝してしまうような気しかしないやすからねえ、
     そのえげつないデッキと戦術で」
レイナ 「あはは、その言い方だと、
     微妙に褒められてる気がしないから不思議だよね〜。
     …まあ、理想を語るのは簡単で、実際に叶えることが難し過ぎるわけで〜。
     逆にあっさりと負けちゃうかもね〜」
     相も変わらない、にこにことした微笑みを口元に湛えたまま、
     先程までとは打って変った、まるで手のひらを返したような発言をする。
     その静かで、どこか儚げにも見える表情になんとなく、
     フラグの気配を感じ取ったトコナツは、慌てた。
トコナツ「ちょ!? ここまで話を引っ張っておいて、それでやすか!?
     まあ、『確かに』と頷けなくもないやすけど…」
レイナ 「まあまあ〜、現実なんて案外、
     ひどく残酷なものだったりするわけだしね〜。
     ご都合主義は実際には存在しないし〜、
     信じるだけでなんでも上手くいくなら、
     努力なんかいらないわけで〜。
     …っと、なんの話をしてたんだっけ〜?
     いつの間にか、脱線しまくってたね〜。
     そろそろ切り替えよっか〜。
     面倒だけど合宿の準備をしなくちゃだし〜。
     他校の生徒さんを楽しくお出迎えする為にも、適当に頑張ろ〜!
     不本意とはいえ折角手元に転がってきた機会なわけだから、
     頑張るついでに色々とお勉強もさせて貰っちゃおっかな〜、うふふ〜…」
トコナツ(…ああ、この顔は悪いことを考えてる顔やす。
     具体的には合宿参加者のデッキや戦術を、
     徹底的に研究し尽くしてやろうという…。
     この様子じゃ、やっぱり心配は無用だったやすか?
     …それにしても、恐ろしい)
     邪悪な微笑を浮かべ続けるレイナを前に、
     トコナツはひたすら戦慄するばかりだった…。

レイナ 「さあ、トコナツくん〜!
     なんとか今日中に準備を終わらせよ〜?
     もう時間もあんまり残されてないからね〜」
トコナツ「やれやれ、結局あっしも手伝わされるんでやすね…。
     …。って!
     『今日中に終わらせる』!?」
     1人、張り切るレイナの言葉に、トコナツは自身の耳を疑った。
     そんな彼の心情をまるで意に介することなく、
     レイナの口から無慈悲な言葉が放たれる。
レイナ 「うん〜? そうだよ〜? 
     今日が期限だからね〜。それがどうかしたの〜?」
     それは、『トコナツが一体何に驚いているのかが、全くわからない』
     とでも言わんばかりの反応だった。
     その無邪気さはもはや、残酷の域だろう。
トコナツ「いや、それ、『あんまり』じゃなくて、
     『ほとんど』時間、残ってないやすよね?
     いやいやいや!
     そんなの、さすがに無理でやすよ!?
     どう考えたって、間に合いっこないやす!
     っていうか先輩、
     なんでこんなギリギリまで放っといたやすか!?
     一体、今まで何やってたやすか!?」
     詰問に返されたのは実に、単純明快な答えだった。
レイナ 「うん〜? お昼寝〜?」
     しかも、疑問形という有様である。
トコナツ(駄目人間過ぎる…!
     っていうか寝てるの、明らかに昼だけじゃないでやしょうが!?)
     常識人というポジションは往々にして、
     報われることがないものである。
     非情に理不尽極まりないのだが、
     悲しいことにこれが彼らにとっての現実であり、宿命でもある。

     そんなこんなで、
     溜まりに溜まった作業をトコナツは一心不乱にこなし続け、
     どうにか期限内までに必要な仕事を片付けることに成功した。
     ミッションコンプリート!
     ちなみに、この時のレイナはというと、
     自分に割り振られた仕事にも関わらず、一切手伝うようなことをせずに、
     トコナツが作業をしている傍らで机に突っ伏しながら、ずっと眠り続けていた。
     全ての作業が終わった時には、既に日が傾いていて、
     生徒会室は黄昏の色へと染まりつつあった。

     窓から差し込む夕日がちょうどレイナを照らしたところで、
     彼女は目覚めたようだった。
レイナ 「あれれ〜? いつの間にか夕暮れになっちゃってるよ〜?
     びっくりだよね〜?」
     瞼を擦りながら、そんなことを口にする。
     それに対し、トコナツはげんなりとした現在の気持ちを、
     そっくりそのまま態度に出しながら、言葉を返す。
トコナツ「そりゃ、先輩はずっと寝てたやすからね。そうでやしょうとも…」
レイナ 「わたし、もう帰るね〜。バイバイ、トコナツくん〜」
     そう言うなり、レイナは勢いよく椅子から立ち上がると、
     そのまま手早く荷物をまとめ、生徒会室から出ていってしまった。
トコナツ「ちょっ!?」
     トコナツの制止の声も空しく…。
トコナツ「はあ〜、あの人はもう…」
     呟きながら主のいなくなった机に目を向けると、
     そこには菓子箱が置いてあった。
     机の上にただ1つ、ぽつんと鎮座しているそれが、
     無性に気になったトコナツは手に取って、よく見てみる。
     外箱は開封済みであるにもかかわらず、
     中に入っている内袋は開かれていない。
     それを不思議に思いながら、
     トコナツが菓子の入った内袋を取り出そうとすると、
     箱の中から1枚のカードと小さなメモが落ちてきた。
トコナツ「これは?」
     床に落ちたそれらを拾い上げると、すぐさまメモへと視線を向ける。
     そこに書かれていた内容はこういうものだった。
 
     『トコナツくんへ。
     今日はわたしの勝手なお願いを聞いてくれて、どうもありがとうね。
     お菓子と、そのカードはせめてものお礼だよ。
     遠慮なく受け取ってね。
     あはは、実はわたし、後輩への贈り物って、
     何気に初めての経験だったりするんだよ。
     この3年間、思えば先輩らしいことって、あんまりやってこなかったからね。
     だからね、最後にわたしはやるよ。
     トコナツくんだけじゃなくて、うちの生徒全員に贈るよ。
     全国優勝という栄誉をね。
     キョウシュウ高校の生徒会長として。
     1つの学校を束ねる長として。
     まあ、そういうわけなんで、
     トコナツくんもそんなわたしの熱い決意表明を受けて、
     何かエールでも送ってくれると嬉しいかな。
     …なんてね。
     素敵なきみの先輩より。
     追伸 お菓子の感想、聞かせてね』
トコナツ「全く。本当にあの人は…」
     メモを読み終えた瞬間に呟いた言葉の続きは、音になることはなかった。
     無論、それは意識してのものではない。
     無意識に、無自覚に。
     あたかも当たり前のことのように、自然と胸中でその意思は紡がれていた。

トコナツ(こっちこそ、ありがとうやす、会長。
     勿論、あっしはいつだって、あなたを応援してるやすよ!)
     そうして、妙な部分で素直になれない、
     どこか不器用な先輩への率直な気持ちを心の中でのみ示した、
     ちょうどすぐ後のことである。
     相手と同様に、
     『肝心なところで面と向かって本心を伝える気になれない』という、
     自分自身の不器用さ加減にトコナツは改めて気付かされた。
トコナツ(やれやれ。これじゃあっしも先輩のこと、とやかく言えないやす)
     そう思った瞬間、呆れと同時に何か、
     形容しがたい可笑しさのようなものがこみ上げてしまい、
     我知らず苦笑を浮かべるトコナツだった。
     もしも見ている者がいたならば、不思議な清々しさすら感じさせるような、
     どことなくではあるが晴れやかな、それはそんな表情だった。
     しかし、このような体たらくでは結局、
     彼が彼女へと伝えられるのは、
     お菓子の感想のみになることだろう。
     まあ、仮にそうなったとしても、
     むしろ当の本人達は、『それでいい』と笑うのだろうが。

     〜完〜