げーむふぁくとりぃ

二次創作 SS 「 決戦! プルート団! 〜モモカ編〜 」 著作:めろん味のすいか
 ※本編のネタバレ含みます




   校内新人戦決勝で対戦した女の子。
   彼女はとても強かった。
   …わたしなんかより、ずっと。


女の子「はじめましてです。
    もしよかったら、自己紹介してくれると嬉しいです」
モモカ「は、は、は、はじめましてっ!
    あ、あ、あの、わたし、わたしはモモカと言います!
    よ、よろ、よろ、よろしくお願いしましゅっ!?」
    緊張のあまり、どもった挙句、噛んでしまった。
    最悪だ。
    我ながら呆れる程のお約束だった。
    でも、目の前の彼女は気にする様子もなく、にこにこしながら言った。
女の子「うん、よろしくです、モモカちゃん。
    あ、あたしは名乗らない主義なんで、名乗りはなしでもおっけーです?」
モモカ「お、おっけーです?」
女の子「ありがとです。それじゃ、始めるです。あたしの陽星デッキがいかに優れてるか、
    まずはこの新人戦でスマートに優勝して、
    同学年の連中だけじゃなく、学校中に証明してやるです。
    そしていずれ必ず、全てのコマンダーにこのあたしの実力を…」
モモカ「『陽星デッキ』?」
女の子「そうです。『陽星は使いにくいから、初心者の内は外すといい』。
    みんなそう言うですけど、あたしはそれ聞いて、
    『だったらあたしはあえて、初心者の内から使い続けてやる』って思ったです。
    『初心者には使いにくい』だなんて、まどろっこしい表現をするものです。
    それは単に、初心者が使っても力を発揮できないってことですよね? 
    『他より弱い』って思われてるから。
    そうじゃなければ、そんな風には言われないはずです。
    だって、強い属性なら初心者が使っても、やっぱり強いはずですから。
    『初心者には向かない属性だ』なんて、
    遠回しに『弱い』って言ってるようなものです。
    かなり不愉快で、とても気に入らないです」
モモカ「え? いや、そんな」
    『意図はない』ように思うんだけど…。
    『使いにくい=弱い』なんてことはないとは思う、わたしは。
    この子、少し決めつけているところがあるっていうか、
    やや思いこみが激しいのかな?
    とにかくそれが、彼女が陽星を使い始めたきっかけらしかった。

女の子「『あたしのデッキが新人戦を勝ち抜けば、
    みんなの陽星を見る目もきっと変わるはず』。
    あたしはそう信じて、今まで戦ってきたです。
    『陽星は使いにくくなんてない。COSMOSに使いにくい属性なんてない』。
    ずっとそんな理由で戦ってたです。
    だけどこうして今、新人戦決勝の舞台に立ってみることで、気付かされたです」
    そこで言葉を切った後、女の子はにっこりと笑顔を浮かべながら言ってみせた。
女の子「『あたしはいつの間にか、本当に陽星が大好きになってたんだな』、って」
    その言葉を聞いて、その笑顔を見て、思った。
    戦う前から直感でわかった。
    『ああ、この子は本当に強いんだ』って。
女の子「『好きな属性の強さは、自分自身のデッキで示してやりたい』って思うのは、
    コマンダーなら当然ですよね? 
    『陽星への想いの強さに関しては、はっきり言ってどこの誰にも負けてない』、
    あたしにはそういう自負があるです。だからあたしはあなたに負けないです。
    この勝負、勝つのはあたしです」
    しっかりとわたしの目を見据える彼女に、はっきりとした口調でそう言われた。
    気が強くて、だけど少し変わっている女の子。
    そんな彼女は、カードでも当たり前のように強くて…。
    わたしなんかが、彼女に敵うはずなんて本当はなくて…。
    今でも思う。
    『あの時、わたしが勝てたのは本当にマグレだったんだ』、って。

    全国に存在する8つのCOSMOSの学校から、
    才ある1年生が選抜され、行われたキョウシュウ高校での
    カードゲーム合宿の終了からまだ日が浅い、今日この頃。
モモカ「う〜ん…」
    合宿参加者の1人で、8つの学校の1つ、シュウゴク高校の1年生、
    モモカは自宅の自室にてデッキの構築で悩んでいた。
モモカ「合宿でみんなからフォローカード貰ったから、とりあえず片っ端から入れてみたけど、
    さすがにこれは少しバランスが悪いよね。となると、何を外すかだけど、う〜ん…」
    モモカのデッキは、リング上のフォローカードの数がそのまま攻撃力になる、
    『ウィガン』というカードを中心としたものである。
    故に、フォローカードの大量投入という選択肢が重要になるのだが、
    行き過ぎればその分バランスが悪くなり、
    まともにデッキを回すことすらままならなくなってしまう。
    そのことを彼女は理解しているから、今こうして悩んでいる。
モモカ「だめ、外せないよ…」
    優しい性格故に、モモカはどうしても躊躇ってしまう。
    カードを外そうとする度、それを託した仲間の顔がちらつくのだ。
    チュウフ高校のシマ、シッコク高校のクニハル、ホッカイ高校のユキタケ、
    ホクトー高校のツムギ、キョウシュウ高校のトコナツ、
    サンカイ高校のトークとクスラ、セントウ高校のモロハと
    そしてもう1人…。
モモカ「セントウ高校のあの男の子、凄く強かったな…」

     この時、モモカが頭に思い浮かべたのは、1人の少年だった。
    セントウ高校の1年生である彼こそが、
    合宿を共に過ごした仲間達の、最後の1人だった。
    彼は合宿中、仲間達の中でも特に高い勝率を誇っていた。
    何より彼は、COSMOSというカードゲームを純粋に楽しむ、
    本当の意味での強者だった。
    勿論、合宿に参加していた誰もが、いや、
    COSMOSをやっている者全員が皆、楽しむ心を持っているだろう。
    しかし、『その中でも彼は特に楽しんでいる』と、モモカは思っていた。
    そして、彼の楽しむ姿と重ねるように、モモカが思い出すのは1人の少女だった。
    新人戦決勝で対戦した彼女のプレイングは、
    見ているだけで眩しさすら感じる程、生き生きとしていた。
    その眩しさはまさしく太陽のそれだった。
    彼女の輝きは、それを意識した相手にその強さをも理解させる。
    かつて、モモカが直感した彼女の強さは、
    後から考えてみるとそういうことだったようにも思える。

モモカ「そっか。あの子も本当の本当に凄く楽しんでたんだ。
    だから強いのは当たり前で…。
    あ、『太陽』って言えばあの子、陽星好きの陽星使いだったっけ」
    モモカが回想したのは、新人戦決勝終了直後の彼女の様子だった。
女の子「負けたですけど、これはこれで得るものはあったと思うです。
    だから後悔はないです。次に活かせる負けなら価値も意味もあるですし。
    とりあえず今は、この経験を糧にもっと精進に励むです。
    そして今度こそ、あたしが勝ちます。
    その時まで腕を磨いて待っててほしいです。
    それじゃ、今日はどうもありがとうございましたです」
    それを聞いた時の、モモカの気持ちを一言で表すなら、『驚き』だった。
    まるで教科書にでも、そのまま書いてあるかのような、
    そんな潔さを感じさせる言葉だったからだ。
    態度もそれに倣ったもので、気の強い印象があった彼女にしては、
    若干殊勝に過ぎると言えなくもない。
    だからこそ余計に意外に感じ、すぐには言葉を返せなかったことを、
    今でもよく覚えている。

モモカ「あの時、最後にあの子がパスをしなかったら、
    きっと負けてたのはわたしの方だった…。
    あそこでパスは普通しないはずだし、
    多分手札事故だったんだと思うけど、あれは本当に危なかったなあ…。
    でもあの子、最近見てないけどどうしたんだろ?」
   『もう随分と姿を見ていない気がする』、そんな風にこの時、モモカは思っていた。
モモカ「聞いた話だと、もうかなり前から姿見せてないみたいだけど…」
    実は、モモカが合宿から帰ってくるより以前に、彼女は学校を休むようになっていた。
    そして今日この日まで、1日たりとも登校してきてはいない。
モモカ「もしかして、何かあったとかじゃないよね?」

    その時、呟きをかき消すように、部屋に弟が駆けこんできた。
  弟「大変だよ、姉貴!」
モモカ「うひゃあっ!? い、いきなり部屋に入ってこないでよ、びっくりするじゃ」
    そんなモモカの抗議の声はしかし、弟の言葉に遮られる。
  弟「そんなことより! 
    さっき姉貴の友達って言う人から連絡あって、
    『姉貴の学校にプルート団が出た』って!」
モモカ「え…?」
    『出たとか、そんな幽霊じゃないんだから』、
    などと笑い飛ばせるような状況では勿論なく、
    これは明らかな非常事態だった。

    『プルート団』。
    コマンダーなら誰もが1度は、ウワサ程度には耳にしたことがあるだろう。
    COSMOSカードで相手を不意打ちし、
    負かした際にはカードを奪い去るという、非道の輩の存在を。
    それが彼ら、プルート団である。
    ウワサによると、実際に被害に遭ったコマンダーも大勢いるらしい。
    そんな連中があろうことか、自分の学校に現れたと言うのだから、
    モモカは気が気ではなかった。
    しかし妙である。
    弟によるとプルート団は今尚、学校で好き放題に暴れていると言う。
    不意打ちを好む彼らが学校という人目のある場所で、
    そうそう派手に暴れて悪目立ちするようなマネはしないはず。
    仮に第三者に奇襲を目撃されたなら、その場からすぐに離れ去るだろう。
    だが実際、彼らは襲撃の様子をモモカの友人に見られ、
    どころか外部への連絡まで許している。
    そして、そのことに気付くことなく、今もひたすら勝手を続けている。
    おかしいと言えば、もう1つ不審な点がある。
    それは、彼らが現れたタイミングにあった。
    連絡があった少し前に現れたらしいが、今は放課後で残っている人間は少ない。
    極力目立たないように動くには、確かにこの時間帯は都合がいいだろう。
    しかし、そこまで徹底して行動しているなら尚のこと、
    襲う相手以外の誰かに、姿を見られるようなヘマはしないはずだが。
    どうにも噛み合わない。
    どこか違和感を感じる。
    
    そうやって、疑念を募らせながら通学路を走っていると、
    その内に校門が見えてきた。
    まだ門は開いている。
    弟から話を聞いた後、モモカはいても立ってもいられず、
    すぐさま家を飛び出し、大急ぎで向かっていた。
    そう、辿り着いた先は自分の学校、シュウゴク高校である。
???「月並みな台詞って、実はあまり好きじゃないですけど、
    この場合こう表現する以外思い浮かばないから、仕方がないです。
    まさしく、『飛んで火に入る夏の虫』、と」
    投げかけられた声の方へと目を向けると、
    そこには正面玄関付近の壁に寄りかかるようにして、
    プルート団の衣装に身を包んだ人物が1人、立っていた。
???「怪しいって思わなかったです?
    ま、思われたらこっちも、それなりに困りましたですけど」
    相手の声には軽い嘲りが含まれていた。
    下を向いている上、校舎が作る影で隠され、顔はよく見えないのだが、
    口元に嘲笑を浮かべているのは明らかだ。
モモカ「思っても放っておけないよ。『学校が危ない』なんて言われたら」
    真っ向から相手を見据え、小声ながらもしっかりとした口調で言葉を返す。
    ここに至ってはモモカも、はっきりと状況を把握できていた。
    自分は体よく誘き出されたのだと。
モモカ「わたしの家に連絡を入れたのはあなただよね?」
???「その通りです。『プルート団が学校に現れた』。
    そんなことを聞かされれば、
    『お人よしさんだったら、ほぼ確実にやってくるだろう』、って思ってましたです。
    結果、案の定です。あなたはやっぱり、お人よしさんです」
    プルート団らしきその人物は、あっさりと自分の悪意を肯定してのけた。
    まるで、隠す意図など微塵もないと言わんばかりに。
    まるで、後ろめたさなど全く感じていないかのように。
???「万が一失敗したところで、他にやりようはいくらでもありましたですけど、
    見事に引っかかったですね。そんなに学校が大事ですか?」
モモカ「大事だよ。大好きな場所だから」
???「…」
    迷いのないモモカの断言に対し、返されたのは沈黙だった。
    この時、相手は一体何を思っていたのだろうか。
モモカ「だからこそ。この学校がわたしにとって大切な場所だからこそ、
    わたしはそれを脅かそうとするあなた達を許さない」
???「だったらどうするです?
    コマンダーらしくCOSMOSであたしを倒すですか? 今この場で?」
モモカ「悪いけどそうさせて貰うよ、プルート団!」
    毅然とそう宣言するモモカに対し、
    プルート団員は心の底から可笑しそうに、せせら笑う。
???「ふふっ、あはははは!
    お人よしさんは綺麗事を簡単に口にできるから、面白いですよね。
    本当に、おめでたいことこの上ないですよ。
    だって、それを実行するのがどれだけ大変なのかが、まるでわかってないですから。
    どうやら、『道理』って奴を知らないみたいですから、この際教えてあげるですよ。
    『弱い奴が強い奴に勝つ』なんてことは、不可能です。
    そんなのは誰だって知ってる、当たり前のことですよ?
    そして、今のあたしには3つの異星の1つ、冥星の力があるです。
    あたしはもう、ここ一番で負けてしまうような、弱者なんかじゃないです。
    今のあたしは、たとえ誰を相手にしようと、絶対に勝てる無敵の力を手に入れたです。
    そんなわけですから、あの時の借りは、ここで返させて貰うですよ」
    『借り』
    その一言に、モモカが反応する。
モモカ「あなたはやっぱり…」
???「そうです」
    そこで、ようやく相手が顔を上げた。
    射るような視線で自分を睨む相手の顔に、モモカは見覚えがあった。
    声を聞いた時からわかっていた。
    声質もそうだが、何より特徴的な口調だったから。
    しかし、『認めたくはなかった』というのが正直な気持ちだった。
    そこにいたのは。
女の子「久しぶりです、モモカちゃん。こんな風に話すのは新人戦決勝以来ですね」
    紛れもなく、新人戦最後の戦いで激闘を繰り広げたあの女の子だった。
    
モモカ「どうしてあなたがプルート団なんかに…? 
    あんなに強くて、COSMOSを楽しんでたあなたが、どうしてこんなっ!?」
女の子「理由ですか? わかりきったことを聞くですね。
    そんなの、決まってるですよ。全てはあんたに勝つ為です。
    惨めなだけの敗北を、圧倒的な勝利で帳消しにしてやる為です!」
    女の子は、COSMOSが大好きだった。
    だから、より多くのコマンダー達との対戦を楽しんだ。
    いや、正確に言うなら、彼女が楽しんでいたのは、
    対戦そのものよりむしろ、勝負に勝つことだった。
    女の子は勝利することで味わえる喜びに、
    徐々にだが深くのめりこんでいった。
    そんな彼女には実はコマンダーとしての欠点と、
    人間としての欠点がそれぞれ1つずつあった。
    コマンダーとしての欠点は、どうしても勝たなくてはならないような、
    そんな重要な対戦における勝負弱さが挙げられる。
    そういう場合に限り様々な要因により、
    実力を完全に出しきることができなくなってしまうのだ。
    そして人間としての欠点は、その性格にあった。
    1度こうと思いこんだなら、自身が納得できる説明を受けるまでは、
    誤解したままでいることが多々あるのだ。
    陽星に対する決めつけがいい例だろう。
    なんにせよ、思考の柔軟性が重要とされるCOSMOSにおいて、
    これは致命的であると言えるだろう。
    それらの欠点を抱えていながら、しかし女の子はただの1度たりとも、
    『COSMOSをやめよう』と考えたことはなかった。
    『勝つことを諦めよう』などとは、決して思わなかった。
    多種多様な戦術を研究した上で、
    何度もデッキを組み直すことにより、試行錯誤を重ねてきた。
    その賜物だろうか、努力の末に彼女は、
    『これまで組んできた中で、最も理想形に近い』と
    自負できるような、会心のデッキを完成させた。
    そして、実際に対戦で使用することにより、その強さは裏打ちされるものとなった。
    まさしく、負け知らずのデッキだった。
    結果的に同学年で、この女の子に敵うコマンダーはいなくなった。
    確かに、そのはずだったのだ。
    この後、大して日を置かずに迎えることになる新人戦で、
    モモカに敗北するその時までは…。
モモカ「そんな、どうして…。あなた、言ってたじゃない! 
    『負けたけど得るものはあったから、後悔はない』って! 
    『次に活かせる負けなら意味も価値もある』から、
    それを糧に頑張れるんじゃなかったの!? 
    新人戦が終わった時に、わたしに言った言葉は全部、嘘だったの!?」
    かつて自分を打ち負かした相手により、
    かつて自分が相手に言った言葉を再現される。
    いや、再現されたのは言葉だけではない。
    思い起こされるのは、勝利の喜びとは全くの対極に位置するであろう感情である。
    それは即ち、敗北の苦さだった。
    この時、女の子の胸の内はまるで、
    古傷を深く抉られているかのような、そんな痛痒に苛まれていた。
女の子「別に、嘘じゃないですよ。あれはまさしく、あの時のあたしの本心だったです。
    だけど、モモカちゃん。『強者』っていうのは負けから何かを学ぶまでもなく、
    勝つ為に必要なものを元から備えてる人のことを言うですよ。
    だから、彼らは負けることなく、絶対に勝てるです。
    むしろ、そうならない方がおかしいくらいですよ。
    …敗北の中に、次に活かせるような意味や価値を
    わざわざ見出す必要があるのは、負けるような弱者だけです。
    常に勝てる人間に、そんなものはいらないです。
    そして、あたしが一番ほしかったのは、誰にも負けない強さだったです。
    それが手に入るなら、他の不純物なんて最初からいらなかったですよ」
    女の子の言葉は確かに、彼女にとっての1つの、紛うことなき本心であった。
モモカ「本気でそんなこと、言ってるの?」
女の子「勿論です。っていうか、本気以外に何があるですか? 
    ここに至って、『わざわざあたしが嘘を言う必要がある』と思うです? 
    そんなことをする意味、もしわかるなら教えて貰いたいものですね」
    女の子の言い分を聞き、モモカは悟った。
モモカ (ああ、そうなんだ。今のこの子の中じゃ、純粋にCOSMOSを楽しむことより、
    真剣勝負としての対戦に勝つことの方が、
    大きくなってるんだね。新人戦で戦った時とは違って…)
    それは決して悪いことではないだろう。
    むしろ、現状に満足することなく、常に高みを目指すその志自体は、
    評価されて然るべきもののはずである。
    無論、それを目標とし、励み続けようとする心意気もだ。
    しかし、肝心要の手段を誤っていては、
    それはもはや、『本末転倒』と言うより他はないだろう。
    何より、目先の目的ばかりに執着し、楽しむ心を忘れてしまっているのでは、
    当の本人があまりにも哀れである。
    『道を外れてしまった友達を連れ戻すのは、自分の役目だ』
    そう思ったモモカは、その場から数歩移動することにより、
    真っ正面から女の子と対峙した。
モモカ「…よくわかったよ。今のあなたに、言葉はただ無力なだけなんだって。
    それだけじゃ、この意思を伝えることができないなら。
    この気持ちを届けることができないなら。
    だったら、わたしにできることは、たった1つしかないよ。
    ただ、あなたのその曇ってしまった目を、覚まさせてあげるだけ。
    わたしが大好きで、あなたもきっと大好きなはずの、このCOSMOSで! 
    さあ、勝負しよう! お互いに1人のコマンダーとして、全力で! 
    それと約束して! わたしが勝ったら、プルート団を抜けるって!」
    『友達を、こんな悲しいままにはしておけない』
    そんなモモカの想いなど知る由もなく、
    女の子は自信満々、余裕綽々といった態度で応じる。
    
女の子「おっけーですよ。どうせ、あたしは負けないですから。
    この勝負、『勝つのはあたし』って既に決まってます。
    まあでも、やる気充分で嬉しいですよ、モモカちゃん。
    そうじゃないとこっちとしても、潰し甲斐がないですし。
    それじゃ、始めるです。
    先攻はくれてやるですから、好きに攻めてきて貰っておっけーですよ」
モモカ (『くれてやる』とか、なんだか恩着せがましい言い方してるけど、
    これってつまり、ただ自分が後攻を取りたかっただけなんじゃ? 
    というか、どうして上から目線?)
    そんな疑問をよそに、モモカの先攻で対戦が始まった。
    最初のターン、手札はそうそう悪くはなかった。
    これならマリガンしなくても、上手く初手を決められそうである。
    この初手こそが、既に勝負の分岐点の1つであり、
    最終的な結果を左右しかねない重要な一手であることは、
    実力のあるコマンダーなら心得ているだろう。
    何事も最初が肝心なのだ。
    勝負は既に、始まっているのだから。
    真剣勝負に、疎かにしていい局面などあるはずがない。
モモカ (問題はどれだけはやく場を整えられるか、
    そしてそれをどうやって維持するか、だよね)
    相手に先んじてキーカードを、
    その能力が十全に発揮される状況で場に出すことにより、
    勝利をほぼ揺るぎのないものとすることができる。
    それが即ち、場を整えるということである。
    後はそれを崩されることがないよう、手を尽くすことが重要だ。
    これが即ち、場を維持するということである。
    モモカの場合は鍵となるカードは勿論、ウィガンに他ならない。
    つまり、モモカが自分のデッキの勝ち筋通りに勝利を得る為には、
    より多くのフォローカードがリング上に存在している状態で、
    ウィガンを出す必要があるのだ。
    当然ながら、可能なら相手のキーカードが場に出るより先に、
    それを行う方が望ましい。
モモカ「『地底の妖精』をバース」
    だからこそ、COSMOSにおける妖精カードの需要は高い。
    切り札の高レベルモンスターをよりはやく呼ぶ為に、
    それらは必須の存在と言えるだろう。
    一進一退、拮抗した攻防ばかりが続き、ターンが過ぎていく。
    両者共にCSの残りが少なくなっていたのだが、どちらの攻撃も決め手に欠け、
    互いに決着をつけあぐねている状態だった。
    それ故に、このまま膠着が続くかに見えたのだが…。
    
女の子「『コモンドロー』で適当なレベル1モンスターを1枚手札に加えて、
    それを『イン・トランス』で山札のモンスターと入れ替えるです。
    これで手札が整ったです。
    いくですよ、『太陽のかけら』をバースした後、『レボリューション』を使うです。
    ダメージを受けてる味方モンスターの数だけ、
    味方モンスター全員のトランスタイムが進むです。
    リング上の『陽光の妖精』から『メテオ・ライド』をトランス、
    メテオ・ライドの効果発動、このカード以外の敵味方全員に1ダメージです。
    味方の効果で太陽のかけらが倒されたので、味方全員のHPが3回復するですよ」
モモカ「う、くうっ…!」
    均衡は意外な程、あっさりと破られた。
    なんと僅か1ターンで戦況が一変したのだ。
    フォローカードでサポートしながら、
    敵モンスターのHPを確実に削る手堅いプレイングが、
    この対戦では仇になった。
    相手はそれを逆に利用し、
    レボリューションで手早く高レベルをトランスしてきたのだ。
    もっとも、もし一部の陽星モンスターが持つ全体攻撃効果や、
    『エリアダメージ』を使われていたなら、
    『レボリューション使用の為に、あえて味方全体にダメージを与える』
    という芸当も可能だったのだが。
    相手がそれをしなかったのは、モモカの戦術を見抜き、
    尚且つ現在の自分の状況をしっかりと、
    加味した上での判断ということなのだろう。
    流転する戦局をはっきりと見極めた上で、
    変化に合わせ、臨機応変に対処の仕方を変えていく。
    この後、戦いがどう展開していくかの見通しすらも、
    計算に入れながら。
    そういった常に先を読む力が、コマンダーとしての先見が、
    女の子には備わっていたのかもしれない。
    そしてその結果が、現在のこの戦況なのかもしれないのである。
    それに加えて、折角削った敵モンスターのHPも、
    太陽のかけらで回復されてしまった。
モモカ「(とにかくここは凌ぐしかない!)『ザ・ストーン』をバースするよ!
    さらに、フォローカードをもう1枚追加して、わたしのターンは終わり!」
    内心の動揺を隠しきれず、ついそれが表情に出てしまっている。
    そんなモモカの様子を、女の子は不敵な笑みを浮かべながら見ていた。
    まるで、『もはや勝敗は決した』とでも言わんばかりに。
女の子「ザ・ストーン、受けてるダメージと攻撃力が同じになる土星モンスターですか。
    全体攻撃持ちがいる陽星を相手にするには、なるほど、確かに相性がいいです。
    レベル1だから手軽に出せるですし。
    ところで、あたしの手札はさっきのターンで整ったですが、
    場の方は実はまだなんですよ。
    場を整えるのはこれからです。『魔族の妖精』から『宣告の死神』をトランスです。
    続いて『スイッチ』を使うです。
    敵先頭モンスターを地底の妖精からザ・ストーンに入れ替えるです。
    宣告の死神の効果発動、『ザ・ストーン』のHPを1にするです。
    (手札の『エリアダメージ』を使えば、このターンでザ・ストーンは倒せるですけど、
    それをするよりは次のあたしのターンで、
    メテオ・ライドで倒した方がCSも削れるですし、手札も減らないです。
    その代わりに、攻撃力が上がったままの
    ザ・ストーンを放置することになってしまったですが、
    その程度のリスクは最初から覚悟の上です。
    その上、直後の相手のターンで回復される可能性まであるですけど、
    その辺りは賭けですね。
    まあ、それでもあたしに限って、勝利が目の前にちらついてるこの局面で、
    『攻めに出ない』なんて選択肢を選ぶことなんか、あり得ないですけど。
    それにここは、
    『今この時こそは間違いなく、たとえ危険を冒して、
    守りを捨ててでも、次へと繋がる布石を打つべき時だ』と言えるです。
    全ては、相手のCSを削りきると同時に、
    確定する勝利があたしにもたらしてくれる、
    あの優越感を、あの片時の至福を味わう、その為に。
    そして、その目的をより手っ取り早く達成するには、
    安全策を選ぶよりかは思いきって、強攻策を取った方が効果的というものです。
    …大丈夫です、『この勝負、勝つのは絶対にあたしだ』って決まってるですから。
    思い出すですよ、あたし。
    『あたし』という1人のコマンダーにとっての、
    対戦時におけるこれまでの最優先事項は常に、『勝つこと』だったはずです。
    その結果だけを、連ね続けなければいけないです。
    目指す頂に続いている、この長い道のりの先までずっと…。
    今はどれだけ遠くても、いつか絶対に踏破して、辿り着いてみせるです。
    COSMOSにおいて、他の誰よりも高みに在ることこそが、
    最強の座に君臨することこそが、このあたしの至上命題だったはずですから! 
    その為にも今はまず、
    この対戦が終わる瞬間を、輝かしい勝利で締め括ってやるです!)。
    これでターンを終わるです」

モモカ「ううっ、そんな…」
    戦局はモモカにとって絶望的だった。
    相手も妖精を使い、あろうことか自分よりも先に場を整えてしまったのだから。
    冥星と陽星の混色デッキ、そのキーカードは宣告の死神とメテオ・ライドである。
    尚、エフェクトはダメージ系が中心であり、
    相手モンスターのHP調整と、レボリューションの補助が主な役割と言える。
    より多くの敵モンスターのHPを1にできれば、
    陽星モンスターの全体攻撃効果でとどめを刺し、
    一気にCSを大量に削ることも可能だ。
    『ポイントダメージ』以外のダメージ系カードによる味方への被害も、
    レボリューションを使用する上では逆に有利に働いてくれる。
    受けたダメージは、太陽のかけらとエイド系エフェクトで回復すればいい。
    相手からの攻撃だけでなく、
    モンスター効果やエフェクトをも活用しわざと味方を傷付け、
    レボリューションと妖精で手早く2枚のキーカードをリング上に並べる。
    後は、宣告の死神で次々と敵モンスターを瀕死にしていき、
    とどめにメテオ・ライドの全体攻撃で一掃する。
    結果として、対戦者のCSが大幅に削られることになる。
    それが、この女の子のデッキの勝ち筋なのだろう。
モモカ (やっぱり強い…。わたし、このまま負けちゃうの?)
    弱気な思考がモモカを蝕み始める。
    合宿へ行く前のモモカだったら、恐らくはここで勝利を諦めていただろう。
    しかし、今のモモカは違う。
モモカ (ううん、諦めちゃだめ。あの子は場を整える為に、
    手札をほとんど費やしてしまってる。
    手札が残り1枚になってる今が逆にチャンスじゃない! 
    窮地を好機に変える力だって、コマンダーには必要なはず! 
    そうだよ、COSMOSに惹かれたわたし達にとって、
    未来の色を決めるのはいつだって、
    コマンダーとしての自分自身と、
    その自分が組み上げたデッキ、
    そしてそれらを信じる気持ちなんだから!
     …ねえ、まだやれるはずだよね、わたし? 
    だってまだ、勝負はついてないんだから。
    だったら、ここで『諦める』なんて選択肢は、当然ない!)
    諦めずに戦い抜く心の強さを、モモカは既に合宿で学んでいる。
    
モモカ (なんとか攻撃を凌いで、場を崩せれば。
    最後の手札がなんなのかはわからないけど、多分すぐには立て直せないはず。
    その隙にこそ、逆転の目はある。
    とは言え、今の手札じゃ厳しいところ。
    でも、状況的にあまり余裕もない。
    となると、賭けになるけど、ここは!)
    決意の光を目に灯したモモカは、力強くこのターン最初の行動を宣言する。
モモカ「『リチェンジ』で手札を全て山札に戻してから、
    新しく引き直すよ(お願い! 応えて、わたしのデッキ!)」
    信じ、願った結果は希望か、はたまた絶望か?
    この対戦においての、最後の運命の岐路がまさしく、ここだった。
モモカ「…続いて『トランスアップ』で、味方モンスター全員のトランスタイムを1進める。
    ここで、地底の妖精からウィガンをトランスするよ。
    ウィガンの攻撃力はリング上のフォローカードの数と同じになる。
    お互いのリング上には合わせて5枚のフォローカード、
    ウィガンの攻撃力は5になるよ!」
    モモカの奮闘を目の当たりにし、しかしそれでも、女の子は余裕の表情を崩さない。
女の子「攻撃力5とは恐れ入るです。
    だけど、残念です。
    あたしの先頭モンスターである、メテオ・ライドのHPは6です。
    倒すには、僅かに届いてないですね。
    レベル、攻撃力、HP、トランスタイム、手札、山札、その他諸々…。
    戦況の推移と共に、同じく移り変わっていくそれらの、
    お互いの間にできる確かな差こそが、
    後々戦局を左右する程の大きな要素になるです。
    だからこそ、そこには細心の注意を払う必要があるですよ。
    でもそれもまた、COSMOSの醍醐味の1つとも言えるわけですけどね。
    さて、モモカちゃん。双方のモンスター間に存在する数値の開き、
    目の前に立ち塞がるこの壁を、あんたは一体どうやって、崩すつもりですか? 
    さらに言うなら、
    今のあんたの先頭モンスターはザ・ストーンであって、ウィガンじゃないです。
    どうしてあたしが、わざわざあのタイミングで、スイッチを使ったのか、
    その理由がわかるですか?
    トランスタイムの関係上、今のザ・ストーンじゃ、
    それ程強力な高レベルにはトランスできないからですよ。
    たとえエフェクトの助けを借りたとしても、です。
    対して、妖精の方はその効果のせいで、
    簡単に切り札クラスに化けることができるです。
    そんなわけで、先頭に居座られるとそれなりに面倒だったんですよ。
    仮にHPを1にしたところで、止めを刺せなければ当然、
    そのまま反撃を受ける可能性があるです。
    その際、もしトランスされたなら、現在CS的にあたしにとって、
    とてもまずいことになるかもしれないですよね?
    …でもだったら、そんな厄介者は他と位置を入れ替えてしまうまでですよ。
    そうするだけでもう、大した脅威にはなり得なくなるですから。
    だって、それならたとえ今、妖精を使って切り札を出されたところで、
    少なくともこのターン、そいつは何もできないですよね? 
    そうやって、相手がもたもたしてる間に、
    勝負を決めてしまえば結局は、なんの問題もないです。
    …あの手札交換にしたって、
    どうやら起死回生を狙ってのものだったみたいですが、
    結果的に苦し紛れの悪足掻きにしかならなかったみたいですし。
    まあ、状況が悪いですから、それも仕方がないのかもしれないですけど。
    やっぱり、あたしのデッキは無敵です。
    だからこそ、今のあたしを相手に、
    最後まで諦めずに戦い続けたことは、素直に褒めてやるです。
    今のモモカちゃんのそういうところ、あたしは割と好きですね。
    でも、あまりにも往生際が悪いと、
    そうやって醜態を曝してる時間が長くなるだけですから、
    そろそろ負けるといいですよ。この勝負の結果はもう、見えてるですし」
    はやくも女の子は、すっかり勝った気になっている。
    
    しかし、強気な態度はモモカも同じだった。
モモカ「ううん、まだわからないよ」
    窮地に立たされている状況で、
    しかし尚見せるそれは、自身の勝利を揺るがない、
    絶対のものと確信しているコマンダーだけに許された特権である。
モモカ「だって、わたしはまだ負けてないんだから。それとね」
    そこでモモカは、効果的な絶妙さで間を置くと、静かに言い放った。
モモカ「壁は崩すものじゃない。埋めるものだよ」
女の子「はあ? 何を意味のわからないこと、言ってるですか?」
    女の子があからさまな呆れの表情を、モモカに向ける。
    そんな彼女に対し、モモカは凛然とした態度で応じる。
モモカ「どんなに高く分厚い壁でも、平らに埋めてしまえば乗り越えることができるよね?
    だから、足りてない分の数値差は、このカードで埋めさせて貰うよ。
    『アタックアップ』を使って、ウィガンの攻撃力を1上げる!
    これで攻撃側と防御側、お互いの数値が全く同じになったよ。
    だったら、このターンでわたしのモンスターから受ける攻撃に、
    あなたのモンスターは耐えられずに、
    倒されるしかない。そうなったら、わたしの勝ちだよ!」
    モモカの宣言を聞いた女の子は、これ見よがしに冷笑を浮かべてみせる。
女の子「ふふっ、確かにそうですね。
    もっとも、肝心の攻撃を届かせることができればの話ですが。
    まさか、忘れたわけじゃないですよね? 自分の先頭モンスターは今、なんなのかを。
    攻撃力を上げたところで、当の切り札が先頭にいないんだから、
    このターンあたしとあたしのモンスターに、その牙が届くことはないですよ? 
    それにもう1度、あたしのリングをよく見てみるといいです。
    ほら、全体攻撃効果持ちのレベル5、メテオ・ライドがいるですよね? 
    つまり、本当に『このターンで』メテオ・ライドを倒してしまわないと、
    次にあたしのターンが回ってきた時に使う、
    全体攻撃効果にHPが1のあんたのモンスターは当然、
    耐えることなんかできるはずもなく、倒される以外ない。
    そうなれば、逆に負けるのはそっちですよ?」
    厳しい事実を言葉で突きつけられるも、
    しかしやはりと言うべきか、モモカは戦意を失ってなどおらず、
    それどころかここが勝機とばかりに畳みかける。
モモカ「だったら、もう1枚カードを使うだけだよ、とっておきのエフェクトを! 
    わたしはさらに、『ロール1』を自分のリングに使うよ!」
    途端に、女の子の顔色が変わった。
    さすがにこの状況では、もはや余裕を気取り続けることなど、できないのだろう。
    当然だ。
    既に、流れは変わりつつあるのだから。
女の子「は、はあ!? 
    な、なんなんですか、それは!? 
    ふざけんなですっ!」
モモカ「ふざけてなんかないよ! 
    ウィガンで攻撃して、メテオ・ライドを撃破!
    ここでフォローカード『シュン』の効果を使うよ。
    『敵モンスターを攻撃して倒した時、味方先頭モンスターの攻撃力を1上げる』!
    これで、ウィガンの攻撃力は7になるよ!」
    
    ことがここに及び、ようやく女の子も予感した。
    このままでは、本当に自分は負けてしまうかもしれないと…。
女の子「こ、こ、こ、攻撃力7!? 
    ぐくくっ、くそ! よくもやってくれやがったですね!
     …だけど、いい気になるのははやいですよ。
    まだ決着はついてないですから。
    ここからなんとか持ち直して、って…」
    ドローしたカードを見た瞬間、女の子の表情が強張った。
    リングには宣告の死神1体、手札はたった1枚のこの状況でだ。
    これはもしかしなくてもあれだろう。
女の子 (…ここまでに、激しい削り合いを繰り返したせいで、
    CSはお互いにもう、残りが僅かしかない状態で並んでしまってるです。
    『どっちもたったの、4だけしか残されてない』なんていう、ギリギリの状態で! 
    なのに、信じられないです…。
    ここが、このターンこそがまさしく、
    『勝負所だ』と言える重要な局面のはずなのに、
    一体どうしてこういう場合に限って、
    手札事故なんて起こしてしまってるですか、あたしは!? 
    これじゃまるで、新人戦決勝の再現です…。
    あの時とそっくり同じで、まるで成長できてなんかないじゃないですか!? 
    …ぐうっ、やっぱり『厳しい』としか言いようがないですね、
    この正念場でこの手札は…。
    さすがに状況が状況なだけに、あまり贅沢を望んではいられない程、
    追いこまれてしまってるのは、あたしにだってわかってるです。
    でもだからこそ、せめてあたしのリングにあるフォローカードだけでも、
    他で上書きするくらいのことはしたかったのに…。
    この際、別にモンスターじゃなくて、プレートがきてくれてもよかったです…。
    でもだからって、引いたカードがよりにもよって、
    エフェクトってどういうことですか!?
     しかも、なんです、これ!? 
    この状況じゃ、使えないようなカードをどうして、
    わざわざ今引いてしまうですか!?
     …くそ、高レベルをトランスした後は、かえって邪魔になるからって、
    レベル1をやや少なめにして、その分エフェクトを増やしたのは失敗だったです。
    まさか、それがこんな形で裏目に出るなんて…。
    こっちの先頭は宣告の死神、効果を使うか、普通に攻撃するかですが…。
    厄介なことに、敵先頭モンスターは『モック』ですか…。
    『先頭にいる時以外、モンスター効果ダメージを受けない』
    なんて効果を持ってるせいで、
    全体攻撃を受けずに無傷のままの…。
    モックのHPは5、宣告の死神の攻撃力は1、これじゃ倒せないです! 
    倒せば、あたしの勝ちなのに! 
    『モンスターの全体攻撃効果で倒せないから』って、
    さっきそのまま放置しておいたのは、完全に判断ミスだったということですか…。
    いや、宣告の死神の効果を使った後、エリアダメージを使えば、
    とりあえずモックを倒すことはできるですが…。
    でも、それじゃCSは削れないですし、後が問題です。
    今、あいつのリング上のモンスターは、モックとウィガン、
    それからHP1のザ・ストーンの3体です。
    ここで宣告の死神の効果の後で、エリアダメージを使ったとしても、
    ウィガンだけはあいつのリングに残ったままになるです。
    当然、直後にウィガンで宣告の死神を倒されてしまうですね。
    そうなると、あたしの負けですか…。
    さすがにあの攻撃力とHPは、
    今の場と手札なんかでどうにかできるものじゃないですし。
    …仕方ないです。悔しいですけど、どうやらここは機を待つ時のようですね。
    まあ、ウィガンさえ倒せれば、まだどうとでもなるですよ。
    …それにしても、くっそ腹が立つです! 
    なんであたしって、
    肝心な時に限っていつもいつもいつも、こう引き運が悪いですか!? 
    それに後1体だけでも、メテオ・ライドで倒せてれば勝ててたのに!
     くっそ、モモカの奴めぇ〜! 
    ウィガンに順番が回ってくるのを少しでも遅らせる為に、
    あえて今はモックもザ・ストーンも生かしておいてやるですから、感謝しやがれです!
     とにかく、このターンは凌いで次のドローに賭けるです!)
女の子「ぐぬぬぬうっ! あ〜も〜! くそくそくそっ! 
    宣告の死神の効果発動でモックのHPを1にするです! 
    ターン終了ですっ!」
    女の子が半ば捨鉢になりながら、ターンエンド宣言した直後である。

モモカ「『ディスロール1』を自分のリングに使うよ」
    無情にも、決着を告げる声が彼女の耳に届いた。
女の子「です!?」
モモカ「リングが逆回転して、ウィガンが先頭に戻ってきたね。
    …ねえ、あなたは自分と、そのデッキを『無敵』って言ったけど、
    常に勝てるコマンダーも、負け知らずのデッキもあり得ないの。
    どんな人がどんなデッキを組もうと、負ける時は負けるんだよ。
    だけど、それは当たり前で仕方ないこと。
    実力以外にも相性や運だって絡んでくるからね。
    …うん、でも勝負ってそういうものだよね。
    だったら、最強のデッキはあっても、無敵のデッキなんてないんじゃないかな? 
    誰だって1度くらいは、負けを経験してるはずだもん。
    でもね、『だからこそ負けることには、価値も意味もあるんじゃないかな』って、
    わたしはそんな風に思うんだ。
    だって、『負ける』っていうのは、どうやったら勝てるようになるのか、
    改めて真剣に考える機会でもあるから。
    自分のプレイングやデッキの構築を見直したりして、
    次勝つ為に最大限の努力をする機会にもなるんだから。
    そうやって、次に経験が活かせるんだよ。
    あの合宿で、わたしはそれを知ることができた。
    色々な人が、わたしに教えてくれた! 
    『負けることからしか学べない力っていうのも、あるんだ』って! 
    そして、『そのことを知ってる人こそが、本当の強者になれるんだ』って! 
    …だからね、この敗北で、負けて得るものがどんなに大切かを、
    それがわかってるコマンダーがどんなに強いかを…。
    あなたもどうか思い出して! 
    ウィガンで攻撃!」
    しばらくの間、呆然自失の様相を見せていた女の子だったが、
    『敗北』という言葉を聞き我に返ったのか、
    余裕のない表情でモモカを睨みながら、口を開いた。
女の子「ち、ちっくしょおおおおおおっ!」
    こうして、女の子の無念の叫びと共に、激闘はここに終焉した。
    勝利しか経験してこなかった者だって、いつかは負ける時がくる。
    敗北しか経験してこなかった者だって、いつかは勝つ時がくる。
    もしも互いが同時にその日を迎えた時、
    この両者は一体、どちらの方がより強く成長できているのだろうか?
    モモカが彼女へと伝えたかったことは、案外そういうことなのかもしれない。
    果たして、女の子は思い出すことができたのだろうか?
    負けることの尊さを。
    それを知る者の強さを。
    その答えは結局、当の本人にしかわからないだろう。


    戦いの後、女の子は言った。
    悔しさが滲んだ、あからさまに刺々しい声で、だ。
女の子「あたしの負けです、認めたくないですけど。
    敗北した以上は仕方がないです。証を受け取るです」
モモカ「え? 『証』って何?」
    心の中に生じた疑問をそのままモモカが言葉にすると、
    女の子はなぜか得意顔で1枚のカードを差し出してきた。
女の子「えっへん、これです」
    先程までの、ギスギスとした態度はどこへやら。
    実は、単純な性格だったりするのかもしれない。
    ところで、そのカードにはこう記されていた。

    『フォローカード プルート団員 
    効果:対戦に勝利した時、相手のカードを1枚奪う権利を主張することができる』

    一応、受け取りはしたモモカだったが、
    渡されたカードが視界に入った直後の一瞬で、
    頭に浮かんだいくつかの選択肢から正解を選んだ。
    要するに、破り捨てた。
    ビリリッ!
    実に景気のいい音を立てながら、カードが左右に引き裂かれる。
    その様子を目の当たりにした女の子が、悲痛な声を上げる。
女の子「ああっ!? な、何するです!?」
    …いや、『何する』ではないだろう。
    こんなカードをほしがる者など、誰1人としているはずがない。
    真っ当なコマンダーなら、例外なくそうだろう。
    需要のないカードなど、ただのゴミである。
    どうして勝者が敗者から、ゴミを押しつけられなければならないのか。
    そんなものはただの罰ゲームだ。
    しかし、優しい性格をしているモモカは、ちゃんと理由を説明する。
    そんな必要など本来なら、ないにもかかわらずだ。
モモカ「だってあなた、戦う前に約束したでしょ? 
    『わたしが勝ったらプルート団から抜ける』って。
    だったら、このカードはもう必要ないはずだよね?
     というかそもそも、こんなカードはあっちゃいけないよ。
    『敗者のカードを奪う』なんて、あまりにひどいから」
    実際には『奪う』ではなく、
    『奪う権利を主張する』という、ただそれだけの効果なのだが。
    しかしどちらにせよ、言語道断であることには変わりはない。
    女の子も不機嫌そうにはしているものの、とりあえず納得はしてくれたようだった。
    ちなみに、『表情がころころと変わるから、本当に見ていて飽きない子だなあ』と、
    この時のモモカは思っていた。
女の子「うぐぐ! …わかったですよ。
    約束は約束ですし、何よりこの場での勝者はあんたですから、
    敗者であるあたしはその言い分に従うだけです。
    それが負けた者の義務です。
    …まあ、そういうわけですから、
    約束通り、あたしは今日限りでプルート団を抜けるです。
    勿論、団員フォローカードも全部捨てるです」
    女の子の素っ気なくもきっぱりとした言葉を聞き、モモカは表情を輝かせた。
モモカ「ありがとう! これで後は学校、復学すれば全部が元通りだね!」
    対する女の子は決まりの悪さからか、或いは表情に出るそれを、
    なんとかして隠そうという意図からか、そっぽを向いている。
    その表情には明らかに、戸惑いの色が浮かんでいた。
女の子「…それにしても、モモカちゃん。
    あんた、随分と変わったですね。どもらないし噛まないし、
    それから何より、凄く馴れ馴れしくなったです。
    初めて話した時はなんというか、もっとこう、
    『気弱な人』という風な印象を受けたような気がするですけど…。
    あたしの知らないところで、何か心境の変化でもあったですか?」
    珍しくからかうような態度で、女の子が聞いてくる。
    もしかしたら、先程までのやり取りでの決まりの悪さを、
    どうにかごまかそうと必死なのかもしれない。
    その一方で、モモカはというと、受けた質問に対し、
    ほんの少しだけ首を捻った後で、程なく言葉を返した。
モモカ「えっ、そんなに変わったかな? 
    う〜ん、『言われてみれば』って感じで、
    自分じゃ意識したことさえなかったよ、そういうの。
    だから『変化』って言われても、今ひとつピンとこないなあ。
    でも、そうだね。もし、そこに理由があるとしたら、
    それは『本当の意味で、COSMOSを楽しめてるから』なんだと思う
    (そう。『余計なことは何も考えずに、純粋にCOSMOSを楽しむ』。
    これも、みんなから学んだことの1つだっけ。
    こうやって考えてみると、あの合宿で教えられたことは、本当にたくさんあるなあ。
    そのどれもが、みんなと過ごした思い出や、交わした約束と同様に、
    わたしにとって大切な宝物で、今のわたしを支える糧になってる)」
女の子「『本当の意味で、COSMOSを楽しむ』?」
    不思議そうな目を向けてくる女の子に対し、モモカは大きく頷きながら言葉を続けた。
モモカ「全力で何かを楽しんでる人って、心に余裕があるの。
    楽しむことを最優先にしてるから、どうでもいいことが気にならなくなるの。
    それで結果として、いつでも自然体でいられるようになってるんだと思う。
    小さなことを気にするより、今ある楽しみを逃がさないことの方が大事だからね」
女の子「そういうものです?」
モモカ「そういうものです! 
    あのね、お互いがCOSMOSを楽しんでさえいれば、勝っても負けても、
    気分がすっきりと晴れやかになるものなの。
    それはもう、とってもね!」
    迷いのない断言を、まるで当たり前のようにしてみせるモモカの、その笑顔を見て、
    しかし尚も納得していなさそうな表情を浮かべていた女の子だったが、
    やがてふっきれたように言った。
女の子「ふ〜ん、『楽しむ』、ですか…。久しく忘れてた感覚です。
    だけど、うん。
    初心に立ち返ってみるのも、時にはいいのかもしれないですね。
    特に、進むべき道を見失った時は…」
モモカ「でしょ? 大丈夫、あなたならやり直せるよ。
    だって、わたしは知ってるんだから。
    『あなたが本当は、凄く強いコマンダーなんだ』って! 
    新人戦の決勝で、COCMOSを心の底から楽しんでたあなたを見てるから、
    わたしにはそれがわかるんだよ」
    優しく微笑みながらそう言うモモカに対し、女の子は不貞腐れたように言う。
女の子「…(どうやら、いつの間にか随分と差が開いてしまってたみたいですね。
    我ながら呆れたものです。
    ここまで引き離されてから、ようやく気が付くなんて、
    度を超えた情けなさですよ、本当に。
    これじゃ負けるのも無理ないですね。
    やれやれ、『まだまだ頂は遥かに遠い』ということですか…。
    って、ハッ! 一体どうして、素直に反省してるですか、このあたしが!? 
    らしくないですよ、こんなの!? …全く、あたしとしたことが不覚過ぎです。
    危うく、お人よしさんになってしまうところだったですよ…)。
    ふ、ふん、お世辞はいらないです。
    勝者から受ける慰め程、敗者にとって惨めなものはないですから。
    …まあ、どうしてもと言うなら、この上ない屈辱として受け取ってやるですが」
    素っ気ない返答に、モモカは困ったように苦笑いを浮かべるしかない。
    言葉を返すまでに若干の間が空いたことから、
    どうも女の子は何かしらの考え事でもしていたようなのだが、
    その内容を当然ながらモモカには、知る由がなかった。
モモカ「『屈辱』って…。後、別にお世辞でも慰めでもないんだけどなあ。
    全く、素直じゃないんだから…。あ、そういえば」
女の子「です?」
    まるで何かを思い出したかのようなモモカの反応に、
    女の子は不思議そうな目を向ける。
    
モモカ「あの日、新人戦の決勝からずっと、あなたに言いそびれてたことがあるの」
女の子「なんです?」
    頭に浮かんだ疑問を、そのまま口に出した女の子に対し、モモカが答えた。
モモカ「あの、えっとね、陽星は『ただ使いにくい』ってわけじゃなくて、
    あくまで《単体じゃ》(←ここ重要)使いにくいってだけなんだよ。
    だから、入ってる枚数が少ない初心者デッキじゃ、活躍しにくいの。
    『まず陽星を抜けばいい』なんて言われてるのは、きっとそういう理由。
    枚数集めて、ちゃんとデッキを組めば、普通に活躍できるんだよ」
    モモカの指摘は的を射ているというより、紛うことなき真実であると共に、
    女の子にとってはまさに青天のへきれき、寝耳に水、目から鱗であった。
    思いもかけない言葉に、女の子は驚きを隠せないでいる。
    そして、思わず口から漏らしたその一言は、彼女の混乱具合を如実に表していた。
女の子「マジです?」
    返答はやはり一言で、きっぱりと言いきられる。
モモカ「マジです」
女の子「……」
    まるで意表を突かれたかのような、
    そんな驚きの表情を浮かべたまま、女の子が黙りこむ。
    だが、しばらくすると彼女は、あっけらかんとした笑顔で、嬉しそうに口にした。
女の子「なるほどです。やっぱり、陽星を選んだあたしの目に狂いはなかったです。
    要するに、『陽星単色こそが最強にして、至高』ということですね!?」
    …もはや自明のことではあるが、この女の子は既にすっかり、陽星の虜と化していた。
    ちなみにこの時、なぜかモモカの脳裏には、モロハの姿が思い浮かんでいたのだった。
モモカ「……(いや、わたしはそんなこと、一言も言ってないんだけどなあ。
    なのに一体どうして、そういう結論になるんだろ?
     というか、『陽星を選んだ』とか『陽星単色』なんて言ってるけど、
    『冥星の力を手に入れたぞー』って、思いっきり自慢してなかったっけ? 
    …う〜ん、駄目。どうも、わたしが『この子の考えてること』を理解するには、
    知り合ってから今日までに共有できた時間が、やっぱり短過ぎたみたい。
    本当だったら今頃はそんなの、もう充分に積み重ね終えてて、
    これからも今までと同じように、
    ううん、今まで以上に積み重ねていけてたはずだったんだけど…。
    でも結局は、敵対しちゃったな…。
    しばらくの間、彼女と会えずにいたせいで、
    思い出の蓄積が全然足りてないまま、ここまできちゃったから…。
    いや、それでも『間に合わない』なんてことは、絶対にないはず。
    もしこの先、いろんなことを2人で一緒に経験していけたなら、
    きっとわたし達の仲を今よりずっと、深めることだってできると思うから)」
    それから、陽星の魅力を饒舌に、尚かつ延々と語り始めた女の子の笑顔は、
    見る者に『実に楽しそうだ』と感じさせるに足るものだった。
    当然ながらモモカにも、女の子の陽星に対する愛情は、充分過ぎる程伝わっていた。
    それそのものは、間違いなく素晴らしい想いだと言えるだろう。
    しかしこの場合、『相手の話は一切聞かずに、自分だけが一方的に話し続ける』
    などという、ちょっとした悪癖があることだけが、玉にきずだった。
    『果たしてこれが、会話として成立しているものなのかどうか』と問われると、
    『甚だ疑問』だとしか答えようがない場面というものは、
    今のこの2人のような状態を言うのだろう。
    普通だったらここは、喋り続ける相手を放置し、そのまま帰ってしまったところで、
    全く構わないような状況なのかもしれない。
    にもかかわらず、無視することもなく、適度に相槌を打ちながら話を聞いてやる辺り、
    『モモカの人のよさがここに、十二分に表れている』と言えるだろう。
    或いはこれも、友情のなせる業ということなのだろうか?
    その答えはやはり、当の本人にしかわからないのだろうが…。


    ともかくこうして、
    長く苦しいモモカとプルート団の戦いは、人知れずその幕を下ろした。
    ここから先は、いつも通りの毎日が待っているのだろう。
    もうすぐ校内戦である。
    着々と自分の目標である、強いコマンダーへと成長しつつあるモモカは、
    これからどんな戦いを見せてくれるのだろうか?
    大好きなことを全力で楽しめるからこそ、彼女はどこまでも強くなれる。
モモカ (『強いコマンダー』って楽しんでる人だから、わたしは強い)
    その先に果たすべき約束があるからこそ、彼女はどこまでも頑張れる。
モモカ (合宿のメンバーのみんなと来年も会う為に)
    学校からの帰りの道すがら、モモカはふと足を止めると、なんとなく目を閉じてみた。
    すると、瞼の裏にほんの一瞬だけ、再会の喜びにそれぞれ、
    嬉しそうな笑顔を浮かべ合っている、みんなの姿が映った気がした。

    〜完〜