二次創作 SS 「 脅威の巨大コマンダー! 」 著作:もけやん
※本編のネタバレ含みます
少し錆が目立ち始めた鉄製の巨大な扉の奥。薄暗いその一室で、
一人の男が笑みをこぼしながら何やらぶつぶつと呟いている。
その呪詛めいた響きを帯びた呟きはしかし、ふいに途切れ、
数拍の後にぽつりと、最後の一言を吐き出した。
「これで、ワタシも……」
その暗い声色の呟きを聞く者は、誰もいない。
勿論、男はその事実を知っている。
だが、誰にも聞かれる事はないと知りつつもなおその先を彼が口に出すことは、終ぞなかった。
四時間目というのは、学生にとって特別な時間の一つだろう。
何せ、この授業さえこなしてしまえば昼休みが待っているのだ。
それは即ち、昼食にありつけるという事に他ならない。
故に、今か今かと授業終了を告げるチャイムを待ち焦がれる学生も、
全国的に見て多いのではないだろうか。
そしてもちろん、それはたとえコマンダーとて同じこと。
ここ、セントウ高校にも授業終了を待ち焦がれる少年がいた。
――そして、待ちかねた鐘の音。
それが鳴ると同時に、彼は売店へと走った。狙いはもちろん、パン……ではない。
少年はしっかりと弁当箱を抱えている。昼食を買いに行くというわけではないようだ。
「よーす!」
彼――シュンは、パンを買うために並んでいる同級生のススムに声をかけた。
「シュン、教室で待っててくれても良かったのに」
「いや、ちょっと話したい事があってな。それにこっちなら……ほら、いた」
シュンが指差した方向には、パンでもおにぎりでもなく、
カードのパックを販売しているコーナーが少ない客を相手に商売をしている。
パックを販売している側のブランディーナも、暇そうにしているようだ。
とはいえそれは、別に流行っていないわけではなく、
単純に昼食時だからというだけに過ぎない。
もう少し時間が経ち、昼食を取り終えた生徒が増えればそれに比例して、
こちらのコーナーの客が増える。セントウ高校だけでなく、
COSMOSを扱う学校の日常的風景の一部だ。
とはいえ。この時間、客が皆無である、というわけでは決してなく、
昼食と一緒にパックを買う生徒もいれば早めに昼食を終えた生徒が既にいる場合もある。
それは実際、一人の少女が既にどのパックを買おうかと
にらめっこしていることからも窺えよう。
「コトリ?」
ススムは少女の名を口にした。
シュン、ススム、そしてコトリ。この三人の小さな物語の始まりの瞬間であった。
パンを買ったススム、パックを購入したコトリと弁当箱を抱えたシュンは、
校舎から出てすぐの場所にある噴水の前に陣取った。
コトリはどうやら昼食を食べ終えていた側のパック購入者だったらしく、
ここで食べているのはシュンとススムの二人だけだ。
校舎入り口からは「エンペラー! エンペラー!」という男の叫び声が聞こえる。
彼は今日も平常運転のようだ。実に日常的である。
「で、どうしたの? コトリまで呼んでさ」
カツサンドをかじりながらススムはシュンに問うた。
ススムの疑問も尤もだろう。
たしかに三人はよくつるんでいるが、コトリは休み時間、他の女子と過ごすことが多い。
それも、誰とでもフレンドリーなクスラはおろか、最近は多少丸くなったとはいえ、
協調性に欠けるところのあるモロハとさえ、(一方的にかもしれないが)
仲良さげにしているところが目撃されている。
こうやって誰かが集まろうと言わない限り、シュンとススムはともかく、
コトリは今頃ガールズトークに花を咲かせている頃合いだろう。
そんなススムの疑問を解消すべく、シュンも弁当を食べながら答える。
「いや実はだな。お前ら、あの噂知ってるか?」
「あの噂ってどの噂? 最近ホットなプルート団が壊滅したって奴?」
プルート団とは、少し前までこの界隈で知らぬ者はないと言われた謎の集団である。
かの使い手を選ぶと言われる三属性の内の一つ、冥星属性を一人一人が使いこなし、
片っ端からコマンダーを容赦なく叩きのめしカードを奪っていく。
そんな悪名高い彼らの悪事の噂は数カ月ほど前、
突然に、ピタリと人々の噂の中からなりを潜めた。実際に何が起こったのか、
その真相こそ定かではないが、巷に流布する最後のプルート団の噂によれば
「強力なコマンダーによって壊滅させられた」という。
その話が嘘か真かはともかくとして、「強力なコマンダー」と言われれば三人ともが
同じ心当たりの人物の姿を思い浮かべる。それは彼らの同級生の、一人の少年で――。
「いや、それじゃないんだ」
だが、シュンはススムの話を打ち消した。
ススムは「はて、そうなると何の噂だろう」といった表情をわざわざ作って浮かべる。
話は耳に入っているようだが、コトリは先ほど購入したパックを開封していた。
よほどいいカードを引き当てたのだろう、確認したその表情には笑みが浮かんでいる。
小声で「やった」とも言っていた。
「オレたちが入学する前の年から、一人の先輩が行方不明になってるって話だよ」
シュンは続けて言う。しかしその話は二人にとって大したニュースではなかったらしい。
「そりゃ知ってるよ。学校中の掲示板にも情報を求める張り紙貼ってるくらいだし」
ススムはそう、常識を語るかのように話した。
大したニュースではないどころではなかったし、本当に常識レベルの知識だったらしい。
「というか、シュンくん今さら気付いたの?」
コトリはかわいそうな人を見る目でシュンを見た。
事実、このままではシュンはただのかわいそうな人である。
「いや、ちげえ! その先があるんだよ、オレの話は!」
「「先?」」
ススム、コトリの両者の声が重なる。
どうやら二人は「行方不明である」という事実のみを知っていたらしく、
その件についてはそれ以外に知らないようだ。
「ああ。なんでもな、その行方不明になった先輩、ってのが
かなりプライドの高い人物だったらしくてさ。
ヒョウコ会長をはじめとした生徒会の面々に
こっぴどくやられたのが気に食わなかったらしいぜ。それで自分から姿を消したとか」
「へえ、そんな噂が。じゃあどこかで修行でもしてるのかな?」
「修行といえば滝だよね。わたしはあんまり行きたくないけど」
でもその滝が温泉だったらちょっと行きたいかなあ、とコトリは言葉をしめる。
「いや、それがどうやら違うらしいんだよ。
どうもさ、なんかよからぬ研究やってたんだってよ」
「よからぬ研究?」
ススムは首を傾げた。それも当然だろう。
COSMOSカードゲームというものは精神力によって試合を運ぶゲームだ。
それ故に、ただのカードゲームであるならば違和感しかない滝に打たれるような修行法も、
COSMOSに於いてはイメージからそう離れたものではない。
だが、シュンによれば噂になっているのは、「研究」だ。どうにもイメージと繋がらない。
しかしコトリは別のところが気になったらしく、新たな言葉を紡いでいた。
「ねえ、『よからぬ研究をやっていた』ってさ。過去形なの?」
「そう、まさにそこなんだよ。
どうも最近――ここ数日の話らしいけど――目撃情報がちょくちょくあるらしくてさ。
中には戦った奴もいるらしいぜ」
「ふーん」
「なんだよ、ススム。気のない相槌だなあ」
「実際、気のない返事したつもりだし。だってさ、研究でしょ?
そりゃ、根詰めてやってたらいくらかの修行にはなるんだろうけど、
ちゃんとした精神修行やったわけでも、ましてや実戦積んだわけでもないんだったら
そんなに強くなってるとは思えないよ。コンボの研究でもしてた、っていうならともかくさ」
「いやそれがな。どうやら今のところ連戦連勝らしい」
その言葉にススムは嘘くささを感じた。コトリは素直にすごいなあと思っていた。
「そりゃ、たとえ生徒会メンバーに負けたとしてもさ。
COSMOSの学校に入学するような人が普通の人相手にやっても、
よっぽどの手札事故が無ければ勝つでしょ」
「けど、負けた奴の中にはあの、シッコク高校のクニハルって奴もいるとかなんとか」
その噂に、さらにススムは胡散臭さを感じた。
クニハルといえば、世が世なら――兄にカザハルが居なければ、
そして同学年にあの「強力なコマンダー」がいなければ或いは
全国大会で優勝していてもおかしくないと言われる逸材である。
カードも強くてルックスもいい、と兄のカザハルに並んで
このセントウ高校の中にもファンがいるくらいだ。
そんな彼に、生徒会メンバーにボロボロに負けた身で、果たして勝てるのか?
いや、決して生徒会メンバーが弱いと言っているわけではない。
むしろ、相当な実力者たちだ。そこに違いはない。
しかし、相性によっては可能性はあるのかもしれないが、
現段階において全国で優勝するレベルではない、というのが客観的に見た事実だろう。
生徒会長であるヒョウコをして優勝を成し遂げていないという事実からもそれは窺い知れる。
しかし件のクニハルはそれこそ、兄に全国優勝レベルの男がいるのだ。
そんな兄を見続け、或いは対戦し続けていた彼ならば、
それこそよほどの手札事故を起こしていなければ負けなどありえないのでは……。
少し買いかぶりすぎなのかもしれない、
と思いつつもススムの頭の中にはそんな思考が渦巻いていた。
コトリは思ってたよりもすごいなあと思っていた。
「で、その噂がどうかしたの?」
考えたところで意味もない、という結論にどうやら辿り着いたらしい。
ススムは話の先を促した。
「ああ。オレたちでその先輩、倒そうぜ!」
シュンは弁当箱を閉じ、そう声を上げた。
ススムはカツサンドおいしいなあ、と現実逃避をし、
コトリは入手したカードを仕舞った。
数秒間、そのまま三人の間の時が停止した。
その間も「エンペラー!」という声だけは響いていたが。
彼はきっと皇帝ペンギン型のエンペラーペンマルのような水星属性のカードを使うに違いない。
「えっと」
沈黙を最初に破ったのは、ススムだった。
「まずさ、会えるかどうかもわからないし、
百歩譲って会えたとしても、相手にされるかもわからない。
相手にされたとこで、そんな得体のしれないコマンダーとホントに戦う気なの?」
「戦う気だし、相手にさせてやるし、会うための作戦もちゃんと考えてきてるぜ!」
はあ、というため息はやはり、ススムから吐き出されたものだ。
どうせロクな作戦じゃないだろう。
そういうニュアンスを込めている事を隠す気もないらしい。
「どうせロクな作戦じゃないんでしょ?」
口に出したところから、それが事実であったことがわかる。
「そりゃ失礼ってもんだぜ。よく考えてみろよ、
生徒会にやられて消えたんならさ、生徒会メンバーに復讐しようとか考えるんじゃねえのか? だったら、生徒会の先輩たちの周囲を張ってればいずれ会えるって事だろ!」
決めつけもいい所だったが、意外なことに一理くらいはあってもいい説だった。
「でも、生徒会って言っても誰のところに行くの?
わたし達が三人なのに対して、生徒会は六人だよ?」
「チャンピオン達にも協力頼むつもり?
クスラさんとモロハさんも合わせればちょうど六人だし」
チャンピオンに、クスラ、モロハ。この三人は誰もが認めるところの、
この学校の一年におけるトップスリーだ。
それどころか、チャンピオンと称される彼こそ、
三人の共通認識するところの「強力なコマンダー」に他ならない。
一年生にして、どころか入学するまでは素人同然だった彼が、
先にも述べた三属性を使いこなすようになったのだ。
それも、一種類ではない。天星属性、海星属性、冥星属性。
この三つ全てについて、使っているところを目撃されているのだ。
更にはそれにとどまらず、一年生ながら全国大会で優勝するという番狂わせを見せた時には、
三者三様の想いが胸中に飛来していた。
シュンは「オレもアイツに負けてられねえな」と闘志を燃やし。
ススムは「ボクもあれくらい、いや、あれ以上に強くなって見せる」と目標を定め。
コトリは「やっぱり強いんだなあ」と思っていた。
クスラは、さすがにチャンピオンのように全てとまではいかないが、
三属性の一つ、天星属性を使いこなす才を持つ少女だ。
一度は転校してしまい別れを惜しんだことこそあるものの、
そのおかげで全国大会において、セントウ高校代表のチャンピオンと
サンカイ高校代表のクスラという、決勝でまさに頂上決戦とも言うべき対戦を繰り広げた。
あの戦いは、多くの者の心を熱くしたのではないだろうか。
勿論、チャンピオンがチャンピオンと呼ばれるのは優勝したからで、
そのチャンピオンと決勝で戦ったクスラはつまり準優勝、
つまるところ今、全国で二番目に強いという事になっている高校生でもある。
モロハは、残念なことに全国大会への切符こそ得られなかったものの、
かなりの実力者の一人であることは間違いない。
チャンピオンやクスラのように三属性を扱う事こそできないものの、
月星属性の扱いにおいて彼女の右に出る者はいないだろう。
むしろ、モロハの場合はたとえ三属性を使う事が出来たとしても、
月星属性でどこまでも駆け抜けていくのかもしれない。
それほどまでに、月星モンスターを愛する少女なのだ。
そんな彼女が、大好きな月星モンスターで戦うからこそ――強い。
利点、欠点を完璧に理解しているからこそ、相性はあっても穴はない。
「いや、オレもそう思ったんだぜ?
そんで、誘おうと思ったんだけどな。ちょっとアレは無理だ」
「無理? 何で?」
チャンピオンはたしかに強い。強いが、決して驕る事のない性格だ。
挑めば挑戦も快く受けてくれる。誘えばきっと引き受けてくれるだろう。
クスラは引き受ける引き受けない以前に、
面白そうなことには片端から首を突っ込まなければ気が済まない、といったような人物だ。
むしろ引き受けないという選択肢が無いように思える。
問題はモロハだが、チャンピオンには一目置いているところがある。
彼が引き受けてくれるならば、モロハもくっついてきそうなものだが……。
「チャンピオン間に挟んでクスラとモロハがホールでガチバトルやってやがった」
「あー」
先ほども言ったが、クスラ、モロハ両者とも、一年生のトップスリーに入る実力の持ち主だ。
モロハは入学試験でトップの成績を収めたという逸話もあり、
天星属性を扱うクスラに対しても引けを取らない。
実力は拮抗していると言っても過言ではないだろう。
だが、カードゲームという媒体で戦う以上、結局物を言うのは時の運。
勝率こそ高いとは言えないが、シュン達もチャンピオンたち相手に勝ったり負けたりしている。
その実力は推して知るべし、であろう。
尤も、重要な対戦における勝負運、となれば話は変わってくるのだが……。
それはともかくこの二人、共にチャンピオンをライバル視しているフシがある。
尤も、両者共にそれだけの感情に拠る物ではないだろうが、
それ故か、「どっちがチャンピオンと戦うか」の権利をかけて
しばしば勝負しているところが目撃されている。
そのため、シュンの言った光景は事情を知る者にとっては想像に難くない。
「じゃあ、ボクたちだけでやることになるのかあ」
「そもそも、生徒会の人の周囲にいたら生徒会の人が対処しそうな気がするんだけどね」
「そんときゃそん時!
それに、生徒会メンバーの傍にいれば勉強することだって多いだろうし、
それだけでもやる価値あるって!」
「なるほど。上手い人の技術は盗めって言うし。それはそれでアリかもね」
実際、生徒会メンバーの勝負を間近で見る機会は、
この学校に在籍している以上いくらでもある。
それどころか、彼ら彼女らにも引けを取らない
一年生トップスリーの強豪コマンダーとは戦う機会も多い。
特にクスラなどは、いついかなる時でも気さくに勝負を受けてくれる。
だが、あの三人はいくら強いとはいえ、その力はセンスによるところが大きい。
技術という面で見るならば、やはり圧倒的に生徒会の方が上なのだ。
「技を盗む」という事を考えるならば、センスよりも技術を視るのが妥当だろう。
それも、何度でも。怪しげなコマンダーの噂など、ただの口実として使ってしまえばいい。
「わかった、じゃあ一応、話くらいはしてみよう」
そこまで考えたススムは、シュンの話に乗ることにした。
と、本人は少なくともそのつもりだ。
だが、彼も一高校生。
内心、本人すら気が付いていないくらいの深い意識では、
「楽しそうだ」という感情が働いていたことには疑う余地はないだろう。
「話通すなら、やっぱり会長かな。行ってみる?」
そこまで深くは考えていないコトリも、
拒否するという選択肢は初めからなかったらしく、自然に賛同の意を含んだ言葉を発する。
「オッケー、じゃあ行ってみようぜ!」
シュンの力強いレッツゴーの宣言は、
しかし昼休み終了間際を知らせるチャイムによって物悲しい響きを帯びるのであった。
その日の放課後。三人は生徒会会長であるヒョウコの元を訪れていた。
ヒョウコはたしかに先輩ではあるし、間違いなくかなりの強豪コマンダーだが、
その穏やかな気性故か、比較的話しやすい雰囲気を醸し出している。
尤も、COSMOSの事となればその魂を熱く震わせる側面を見せることも多いが、
普段の彼女は生徒からの意見や要望を積極的に聞こうとする、
まさに「才色兼備な理想の生徒会長像」に一致するかのような姿勢を見せている。
もし彼女の性格がもっと厳しければ、
三人は会長に話を通す、という過程を断念していただろう。
「なるほど、話はわかったわ」
昼に話し合った内容を聞き終えたヒョウコは、険しい表情でそう答えた。
「お願いします! オレたちも、アイツみたいにもっと強くなりたいんです!」
シュンの必死の嘆願に対し、しかしヒョウコはあっさりと返事をした。
「ええ、わかったわ。元から行方不明の彼に関しては、
生徒会外のコマンダーに任せようと思っていたもの」
「え? そうなんですか?」
つい、そう訊き返してしまったのはススムだ。
そういった事への対処は当然のように生徒会が請け負うものだと、彼はそう考えていた。
だからこそ、頼み込むことになるだろう、と覚悟していたのだ。
「ちょっと拍子抜けだねえ」
コトリも素直に感想を述べる。彼女もススムと同じくらいに考えていたようだ。
二人の内心を察知したのか、ヒョウコは言葉を続ける。
「ほら、いつまでも私たちが生徒会にいる、とはいかいないでしょう?
卒業だって控えているし。
こっちはこっちで、仕事の引き継ぎがあったり、いろいろと忙しいのよ。
それに、相手のレベル次第では時期生徒会メンバーを見定めるテストにもなりそうだし」
なるほど、たしかに理に適っていると言えば理に適っている。
まあ、些か行き当たりばったりである感覚は否めないが……。
しかし、どうやらシュンはそこまで深く考えなかったらしい。
表情どころか、全身で喜びを表現している。
「よっしゃあ! んじゃあ早速行くぜ!」
既にやる気満々。
勇み足で生徒会室を後にしようとするシュンを、しかしヒョウコは呼び止めた。
「待ちなさいな。いきなり行っても、向こうも事情が分からないでしょう。
あらかじめ私の方から話を通しておくから今の間に誰のところに行くか、決めて頂戴」
「あ、それもそうだな。じゃあやっぱオレはヨウタさんだな! 何か、気が合うし!」
果たして相手もそう思っているかは甚だ疑問であるが、シュンはすぐに相手を決めた。
「じゃあボクはエルマ先輩のところに行きます」
「わたしはコウガ先輩かなあ。木星属性の扱い、凄く上手いし」
二人もすぐに決めてしまう。
得意な属性を扱う者の傍にいた方が、学ぶことは多い。
むしろ当然のような流れだろう。
「わかったわ。じゃあ行ってらっしゃい、メールで三人には言っておくわ」
笑顔で見送る生徒会長に三人で声を合わせ礼を言い、生徒会室を後にするのだった。
「ふう、行ったわね」
さて、そのヒョウコだが。
扉が閉まり、三人の足音が遠ざかるのを確認すると一枚の書類に目を通し始めた。
といっても、生徒会の仕事に関するものではない。彼女の同級生に関する、ある記録だ。
「……はあ、全く。無茶するわね、彼女も」
診断書、と俗に呼ばれるその書類によれば、
「同級生の彼女」はここ最近、頻繁にCOSMOSをプレイしているようだ。
本人としてはほんのウォームアップ程度のつもりなのだろうが、
その影響が大きく出ているらしい。
COSMOSによる精神的な負荷が肉体にも悪影響を及ぼしやすい体質であるにもかかわらず、
何度も対戦すればそうなる事は目に見えている。――のだが。
「まあ、分からないでもないけど。『あんなもの』を見せられたら、ね」
彼女の脳裏に浮かぶのは入学前まで素人同然だった、
一人の一年生の男子生徒だ。そう、全国大会で優勝までしてしまった、「彼」。
戦いたくなる気持ちも、わかる。
ヒョウコでさえ、生徒会長という役職、立場が無ければ
今すぐにでも再戦を申し込みたいくらいだ。
そのくらい、彼との勝負は楽しい。単純に強い相手と戦うのが楽しい、
という少年誌のバトル漫画に登場するキャラクターのような心境もあるが、それだけではない。
たぶん彼自身が楽しんでいるのだ。だからこそ、対戦者たる自分もまた楽しめるのだろう。
「同級生」の事を考えていたはずがいつの間にか
「チャンピオン」の事を考えていた自分に気が付いたヒョウコは、
実際の時間にして十秒にも満たない時間だっただろうが、慌てて書類に再度目を落とす。
そこには幾度もの対戦によって生じた体への影響がああだのこうだの
ナントカ性ナンタラ症だのと、重々しい文字列と共に症状が羅列されている。
が、その内容は平たく言ってしまえば
「疲労です。休みましょう」というだけの事に過ぎないという事実を把握し、
ヒョウコは安堵のため息を漏らす。と、同時に。
「会長? なんか今一年が走って行きましたけど……ってどうしたんですか?」
同じ生徒会に所属するメンバー、アクアマリーが顔を出した。
一時期急に学校から離れ、姿を見せずにいた彼女だが、最近これまた急に復帰した。
その様子から「プルート団に入っていたのではないか」という噂が
まことしやかにささやかれているが、ヒョウコは気にも留めていない。
もし仮にその噂が事実だとしても、今の彼女にその影は見えないのだ。ならば、それでいい。
「いえ、何でもないわ。それからその三人は放っておいて大丈夫よ。
他の生徒会メンバーのところへ行っただけ」
「はあ? また何しに……」
「悪い事にはならないから安心なさい。それより貴女は? どうしたの?」
いかに生徒会メンバーとはいえ、
毎日生徒会室に集合しなければならないという義務はない。
勿論、定期的に集合する必要はある。だが、ある種コマンダーの宿業とでも言うのか、
特に生徒会メンバーには個性的な面子ばかりが集まっているのだ。
統率を完璧に取れ、という方が無理な話。
ならば、ある程度の自由は保障していた方が効率も上がるというもの。
ヒョウコが生徒会室にいるのも、単純に彼女がそういった性分であるというだけだ。
といっても真面目に仕事をしようとやってきているわけではない。
ではいったい何故彼女が生徒会室にいるのかといえば、
ここが安全地帯である、というただそれだけの理由による。
というのも、どうしても学内で一、二を争う実力者であり、
容姿も端麗である彼女にはファンが付く。
それ自体は別に悪い気はしないし、煩わしいとも思わない。
むしろありがたいとさえ思うのだが、
それに応えようと自分を演じてしまうフシがどうにもあるらしい。
そしてその事を彼女は正しく理解している。
そんな自分自身が、煩わしい。
故に、そのような気を張る必要のない場である生徒会室に陣取り、
デッキの構築を見直したり、新たな戦法の開発をしている、というわけだ。
まあ、そうそういつまでもそれで時間が潰せるわけもなく、
手持無沙汰になれば生徒会の仕事にも手を付けるのだが。
今コトリが向かったコウガも
どちらかといえば生真面目な性格故に生徒会室に顔を出す頻度は高いが、
ヒョウコのような目的があるわけでもないために毎日とはいかない。
だが、アクアマリーはといえば。自分から進んで生徒会室に来るタイプではない。
それはプルート団がどうのは関係なく、まず間違いなくそうだろう。
シュン達がこの部屋から出るところをたまたま目撃したから様子を見に来た、
というにしては少し時間が経ちすぎている。
ならば、何か用事あっての事だろう、というところまでは容易に想像がつく。
問題はそれが生徒会室に、なのかほぼ確実にここに居るであろうヒョウコに、
なのかというところなのだが……。
「そうでした! 会長、大変なんですよ!」
どうやら自分にらしい。それも厄介事かと、
ヒョウコは無意識的にため息を一つ、吐き出した。
「おっ、来た来た。オイラんとこで修行したいんだって?」
どのように話が伝わったのか、目の前に現れたシュンに対しそう言葉をかけたのは
セントウ高校一の火星デッキの使い手、ヨウタだ。
シュンは「なるほどそれなら怪しまれずに傍に居られるな」と納得した。
「はい! よろしくお願いします!」
「よーし、いい心がけだ! じゃあビシビシいくぜい!」
「お願いします!」
掛け声とともに、両者の間にリングがそれぞれ一つずつ展開する。
と同時に鳴り響く、一つのくしゃみ。どうやらシュンのものらしい。
「ん? 大丈夫かい? 風邪とか花粉症とか?」
「いえ、大丈夫です!」
「そか。そんならいいけどな。じゃ、先攻は譲るぜい。好きに攻めてきなよ!」
「あざっす!」
実際、先攻と後攻、どちらの方がいいかというのは
デッキの構成や個人の好みに拠る所が大きい。
初手の相手のリングにどんなモンスターがバースしてくるのかを確認するために、
後攻でHPの高いモンスターを先頭に出すやり方を好む、
というコマンダーももちろん多く居るのだ。
しかし、である。
彼らが好むのはコタコパスに代表されるような、攻撃能力に特化した属性、火星だ。
その特徴は攻撃力が高いという点の他にもう一つ、HPが低いという事が挙げられる。
つまり、見に回れば先頭のモンスターを犠牲にする場面が多くなってしまう。
故にこのヨウタの発言は、火星属性をベースに組んだデッキを使用する場合、
選べるのであれば先攻の方が有利に働く
……といったような論理的な思考によるものではもちろんなく、
単純にシュンの性格による先攻後攻の好みを加味してのものだ。
先にも述べたが、火星属性は攻撃特化型の属性。
そんな属性を主力に据えたデッキを作るような人間の性格といえば、
もちろん――特攻あるのみ!
同じ火星属性を愛するヨウタですら、普段選べるのであれば先攻を選ぶ。
よくヨウタとつるんでいるタクローは、
ダメージによって攻撃力を伸ばすという特異な性質を持つ土星属性のデッキを組んでいる。
その特性は実に、後攻向きと言えよう。故にタクローの場合、
先攻か後攻を選べるのであれば後攻を選択する。
彼らがよく共にいる理由には、
対戦時のそういった好みが噛み合っているという点も多分に含まれているだろう。
さて、対戦の内容に目を移そう。一言で表現してしまえば、ド派手な展開である。
シュンがボーイドラゴンでヨウタのザウルスを倒したかと思えば、
次の瞬間にはシュンのモンスターはコタコパスに撃破され。
だが負けじと、シュンも自分のターンでヨウタのモンスターを撃破仕返し。
めまぐるしく戦況が変化する。だが……。
「これでオイラの勝ちぃ!」
高レベルのモンスターも少なく、
また最大CSにも圧倒的な差があるシュンではヨウタ相手に白星を挙げることは難しい。
善戦したシュンだったが結局、
勝利を目前にしてボーイドラゴンにアタックアップを使用され、ヨウタの勝利に終わった。
「くー、やっぱ強いっすね」
「まー、これでも先輩だかんな!
そうそう一年に負けてらんないって。ただでさえバケモンみてーのが三人いるんだし」
「あれはちょっと例外じゃないすか?」
三人の同級生の顔を脳裏に浮かべながら、シュンは思ったままの言葉を口にする。
実際、異星属性を扱えるのだから、例外と言って差し支えないのかもしれない。
「んにゃ、そうでもないんだなー、これが」
だが、ヨウタはあっさりとその言葉を否定した。
「え、どういう事っすか?」
「いや、たしかにチャンピオンとクスラは会長みたいに三属性使えるからさ、
例外って言っていいかもしれないけどなー」
「じゃあ、モロハは?」
「あいつの場合、月星モンスター愛がスゲーっていうか。
だからさ、自分のカードをもっと好きになってやりな。
そしたらもっともっと、強くなれるぜぃ!」
「自分のカードを、好きに……なるほど。
つまりカードともっと心を通わせて、一緒に熱いバトルを繰り広げればいいと!」
何か違う気がする。
「よっしゃ、その意気だ! じゃあもう一戦やるぜぃ!」
だがヨウタにも通じてしまうあたり、特攻キャラはそんなものなのかもしれない……。
時を同じくして、コトリはコウガの元を訪れていた。
「来たか。稽古をつけてやれとのことだが……まったく、会長にも困ったものだ。
勝手に話を進めてしまうのだからな。まあいい。言っておくが、俺は妥協はせんぞ」
どうやらコウガもヨウタと似たような事を言われているらしい。
会長への呆れとコトリへの闘士とが渦巻いた様子のコウガを相手に、
しかしコトリは自分のペースを崩すことなくのんびりとした微笑みを浮かべていた。
「よろしくお願いしますね、コウガさん」
「俺を前にその余裕か。案外、お前も大物なのかもな」
果たしてそれは褒めているのか挑発しているのか。
コウガの性格上、おそらくそれはどちらでもないのであろう。
単純にそう思ったから口にした。それだけの事だ。
「では、始めるか。先攻後攻、どちらでも好きな方をくれてやる」
コウガの言葉を皮切りに、対戦が開始した。
両者の間にリングが展開し、互いにモンスターをバースする。
「じゃあ、後攻で行きます」
「ほう、まあ分かっていたが、特攻タイプではないな。
もとよりそういった性質ならヨウタの元に行くか」
奇しくもその台詞が終わるタイミングと、
シュンがくしゃみをしたタイミングが重なった。
間接的にコウガはシュンの性質をしっかり見抜いたらしい。
さすがにくしゃみの事までは知らないとは言え、
コトリもその言葉にシュンの顔を思い浮かべ、苦笑した。
「そうですねえ……」
「ま、話しこんでいても仕方あるまい。では、行かせてもらうぞ!」
結論から言えば、やはりというかなんというか、コトリに勝てるわけがなかった。
トランスタイムをモンスターやフォローカードなどの効果で進め、
高レベルのモンスターをバースしやすい環境を作っていた、
という点では互いに同じだったと言えよう。だが決定的に違ったのは二点。
まず一つ目は単純な事で、コトリとコウガの間にあったレベルの差、
ひいてはバース可能な最大レベルの差が開いていた事だ。
コトリが五レベルのモンスターをバースしている間に、
コウガは六レベル、七レベルのモンスターをバースする。
無論、低レベルのモンスターでも高レベルのモンスターを倒すことは可能だ。
だが、高レベルのモンスターを複数相手にするには、
低レベルのモンスター群ではさすがに厳しいものがある。
そして二つ目。それはコウガがトランスタイムを進めていた理由は
高レベルモンスターをバースするためだけではなかった、ということだ。
とはいえ言ってしまえば、
これも長い目で見ればバース可能なモンスターレベルの話にも関わってくる事なのだが。
というのも、コウガの取った戦法は
コトリのリング上の高レベルモンスターを排除したのちの、
桜舞姫による攻撃であったからだ。
トランスタイムの差を攻撃力とする、という特異な効果を持った七レベルのモンスター。
さすがに、これを相手にするにはコトリでは荷が重かったらしい。
「ふむ。悪くはなかった。イバラードあたりをデッキに入れておくと
いざという時に対処しやすいかもしれんな」
そこでコトリは先ほど開けたパックでイバラードを当てていたことを思い出した。
「あ、デッキに入れるの忘れてました」
「……そうか」
マイペースなコトリに少々呆れつつ、コウガは言葉を続ける。
「だが、高レベルのモンスターを使用する俺が言うのもなんだが、
雑草魂という言葉もある。
高レベルのモンスターで相手のモンスターを倒した方が効率がいいのは事実だが、
低レベルのモンスターで突破口を見つける必要がある事も多い。
ある程度低レベルモンスターでも戦えるようにしておくといい」
デッキの編成を見直していたコトリに向け、コウガはそんなアドバイスを述べる。
「わかりました。ザッソーもデッキに入れときますね」
「そういう事ではないんだが……まあ、いいだろう。
ザッソーもHPが五あるというのは強みと言えば強みだからな」
「ザッソー魂、ですねっ」
言ってにこりと笑うコトリを相手に、やはりまた呆れつつ
コウガは「デッキの編成が終わったらもう一度やるぞ」と声をかけた。
一方その頃、という表現もどうかと思うが、
二人がそれぞれ教わっている間に、ススムもまたエルマの元を訪れていた。
「やあ、来たね。ボクでどこまで参考になるかわからないけど、
ちょっとでも得るものがあれば嬉しいよ」
「はい、よろしくお願いします」
エルマにもまた、似たような文面の依頼が来ていたらしい。
そしてススムはすぐさま、その事を把握することができた。
「うん、じゃあ始めようか。先攻後攻、どっちがいい?」
「どちらでも。コイントスでもしますか?」
「いいね。じゃあ表ならキミが先攻、裏ならボクが先攻だ」
「わかりました」
ススムの同意を聞くと、エルマはポケットからコインを取り出した。
そのままトス、現れた面は――表。
「あはは、残念。キミの先攻だよ」
「ありがたく受けさせていただきます」
そして両者の間に、リングが展開した。
本来、先攻か後攻かを決めるのはランダム要素になっている。
しかし友人同士の戯れの一環であるかのような対戦であれば、
別にランダムにこだわる必要はない。
だが、先攻か後攻かを決めかねる場合には、
あっさりとランダムに任せた方がスムーズに進行するというもの。
そういった背景もあるにはあるが、単純にススムがランダムを好むという側面もある。
その方が、いざという時にどちらになっても対処できるパターンを構築しやすい。
それがススムの持論だ。
さて、対戦だが、ススムはかなり善戦していると言えよう。
そもそもエルマは金星属性のカードの中でも、
山札からカードをドローする効果を持つモンスターを好んで使う。
そしてそういったモンスターは総じて、攻撃力は高くても二、という低火力だ。
効果で引いたカードの巡りが悪ければその間は、立派な隙となる。
ススムは上手く見逃さずにそこを突くことが出来ていたし、
ゴーレムという壁を張って攻撃を凌ぐことも忘れていなかった。だが――。
「まだまだ、甘いね」
ゴーレムで攻撃を凌ぐ、という戦法を取るのはススムだけではない。
エルマも同じ行動を取っている。
ススムも拮抗した試合模様を見せはしたが、結局はそこまでだ。
あっさりと、エルマの攻撃に押し負けてしまった。
「うーん、さすがです」
「いや、キミもなかなかだよ。今回はボクの運が良かっただけさ」
実際、エルマの戦い方は運の要素に左右される事が多い。
カードを引く、という効果は手数を増やすという意味ではこの上なく有効に働く。
だが、引いたカードがモンスターカードやエフェクトカードとの
組み合わせなどが噛み合ってこそ、この効果は活きる。
もし噛み合わないまま進めばデッキのカードが切れてしまうという諸刃の剣でもあるのだ。
つまりエルマは、かなりテクニック型のコマンダーである、と言えるだろう。
技を盗む、という観点から見るのであればススムの選択は間違ってはいない。
尤も、レベルの差ばかりは盗むわけにもいかないが。
「いえ、でもその運もエルマさんの知識あってのものですから。やっぱりそれは実力ですよ」
「運も実力のうち」という言葉があるが、カードゲームの場合それが特に顕著に表れる。
その事を思うと、運を引き込む力というものは立派な財産だ。
ススムの知る限り、その力は二種類ある。一つはもちろん知識だ。
物事を知ることによって、本来ならば気付かないような些細な幸運を活用する。
エルマはこれにあたるだろう。
ちなみにもう一つは発想力だが、こればかりは鍛えてどうにかなるにも限度がある。
ならば、知識をもって、普通は気が付かないような類の運を引き込む。
そういうスタイルを目指す。その方が効率的だ。――と、思っていたのだが。
「まあ勉強は好きですから、知識の吸収は性に合ってるんですけどね。
でもボクなんてまだまだですよ。
実際このやり方じゃあ、チャンピオンやクスラさん、モロハさん、
それから三年生のみなさんに勝つのは難しいと実感してるところですし。
もっともっといろんな戦法を学ばないといけません」
この、探究心。向上心。このある種の貪欲さこそがエルマの本質、強さなのだ。
その一端を垣間見たススムは、
おそらくこの人にはいつまでもかなわないだろう、と本能で直感した。
かなわないと言ってもそれはもちろん、COSMOSだけの事ではない。
いやむしろ、年を経るにしたがって腕が衰えていく
このカードゲームに関してだけを言うのであれば、いずれ勝つ日も来るかもしれない。
そうでなくても、それこそ天に任せた純然たる運次第では
近いうちに勝利することもあるだろう。
だが、ススムの直感はそういう事ではないのだ。
コマンダーとしてのエルマにかなわないのではなく、人としてのエルマにはかなわない。
その直感は半ば確信に近いものだ。
その上でさらにススムは「自分がそのような認識を持ってしまっている」からこそ、
かなわないという理性の囁きを無視できない。
「エルマさんは……今はまだCOSMOSというカードゲームを見ていますけど。
いずれはこのCOSMOSで得た物を使って、カードゲーム以上の事を成す人間です。
なんだか、そんな風に思えてきましたよ」
「あはは、それはさすがに過大評価です。ボクはそんな凄い人じゃないですよ。
もしススムくんの言う通りの人間になれたら嬉しいですけどね。
でも今はなんだかんだ言ってもCOSMOSが楽しいですから。
それ以上の事は考えられませんよ」
COSMOSが、楽しい。そうか、とススムは今更ながらに当たり前のことに気が付いた。
そうだ、ボクもCOSMOSが楽しい。そしておそらく、チャンピオンも。
いやチャンピオンこそ、COSMOSを誰よりも楽しんでいたから
チャンピオンになることができたのだろう。
そして大なり小なり、
この学園にいる者――いや、他のCOSMOSを扱う学校に在籍している者も含めて、
皆COSMOSが楽しいから、在籍しているのだろう。同学年にチャンピオンがいる。
その事に、どうやら焦りが出てしまっていたらしい事にようやくススムは気が付いた。
楽しむことを、ほんの一時忘れて強くなる道だけを探すことを選んでしまった。
「そう、ですね。楽しいです、COSMOSは」
ススムの思考を集約するように、自然に言葉が漏れ出る。
それを聞いたエルマはにこりと一つ、微笑みを見せ。
「じゃあ、楽しみましょう。COSMOSを」
言って、エルマはリングを展開させた。
三者三様、それぞれが稽古を付けてもらっているその時。
「アクアマリーが会長を呼びに行ったはいいが……本当にいったい、何だこれは」
ただでさえ狭い空間をさらに狭くしている物体を眺めながら、タクローはひとりごちた。
場所は校門付近の小道を進んだ先の、小さな空間。
一度でも行ったことのある者であれば、その狭さは理解できるだろう。
そこに在る……いや、生えているもの。
それは根元の部分を見ると、金属質の棒状をした物体だ。
だが、少し上へと目をやれば、金属質な外見に変わりはないものの、
下向きの台形がくっついているように見える。
さらに視点を広げれば、その台形から五本の金属質の突起が出ており……
早い話が、どう見てもそれは腕であった。普通、腕は生えるものではない。
あと、金属質でもなければ巨大でもない。
そもそもタクローは、この空間に静けさを求めてやって来たのだ。
それは精神修行のようなことを行うためなのだが、
こんな状態では静けさも何もあったものではない。
たまたまタクローよりも先に、この場所でブランディーナとの待ち合わせのために
来ていたらしいアクアマリーが出現のタイミングを目撃した。
そのせいで腰を抜かしていたアクアマリーだったが、
タクローの出現を確認するや否や「会長呼びに行ってきます!」と
ダッシュで走って行ってしまったのだ。
仕方なしにタクローが現場保全とでも言うべきか、
この場を見張っている事にした、というのが現在の状況。
一つだけ補足するならば、アクアマリーが走り去ったしばらく後に
やって来たブランディーナもまた、タクローと共に腕を眺めている。
「さあ……なんなんでしょうねー」
そのブランディーナが、タクローの独り言に答える。
普段のんびりとしたマイペースな彼女は、この状況下でもそのスタンスを崩すことはない。
たぶんお花見感覚で腕を見物しているのだろう。
アクアマリーの不登校の時期の一部に重なるように彼女も不登校になっていた事もあったが、
そこから復帰した彼女は以前にも増して、動揺するという機会が無くなっている、
というのが客観的視点による多数の生徒の意見だ。
彼女に何があったのか、それは彼女のみ、或いは彼女とアクアマリーのみぞ知る所なのだろう。他に知る者がいないとは言い切れないが。
「サッパリだ。しかしここで唸っていても仕方ないからな!
どうだ、せっかくだから俺と一勝負しないか?」
「うん、いいよー」
その持前の兄貴肌からか、タクローは笑顔で誘い、
それにブランディーナはのほほんと応じる。
かくして、この場でも対戦が行われる。――と、思いきや。
唐突に、地面から生えていた腕が拳を握りしめる、という動作を見せた。
と同時に、大地が大きく振動し――。
同時刻、セントウ高校保健室にて。
「先ほどの振動はいったい?」
ぽつりとつぶやくその少女の声は、たった一人の男にのみ届いた。
「わかりません。が、お嬢様が気になさるようなことでもないでしょう。
この学校にはチャンピオンもおりますから。それより……」
サングラスをかけたその男はデッキを手にとり、少女に対面した。
少女もデッキを手にとることでそれに応じる。
「そう、ですね。それに彼でなくても、
たいていの事には対処できる人間がここには大勢いますし」
そう言って少女は、クスリと小さく笑う。
男はその笑みを見て、ああ、これが自分の見たかったものだ、と確信する。
楽しんでおられるのだ。お嬢様は。その予想を裏付けるように、少女は言葉を続ける。
「最近、久しぶりに凄く楽しいんです。
だって、私に勝てるかもしれない人が現れたんですよ?
それも全力の、私にです。対戦の日は近いでしょう。
ですからその時に、全力で戦えるように……今日もお相手、よろしくお願いしますね」
さらに同時刻、セントウ高校イベント用ホールにて。
「な、何今の揺れ?」
「知らない。そんな事重要じゃないし、どうでもいい。それより、もう一戦やる」
「もー、しつっこい! そんなにあたしに負けたいか!」
「そんなわけない。今、わたしはお前相手に負け越してるから。
そんなのわたしのプライドが許さないし」
「プライドねえ。わかったわかった、じゃあそんなプライドなんて、
あたしがバッキバキにへし折ってあげよーじゃない!」
もはや「チャンピオン」と戦う前に存在する障害を取り除く、という本来の目的を忘れ、
互いに障害と認識していたはずの相手との対戦に燃えてしまっている二名がいた。
当のチャンピオンは、彼女たちを困ったような表情で眺め続けているだけ。
――彼ら彼女らは、今日この日を平和に過ごした。
いや、チャンピオンの前の二人の少女はこの場で熾烈な戦いを繰り広げていたし、
保健室でも近いうちに訪れるであろう大きな波乱を予感させる空気が渦巻いていた。
しかしそれは、日常の延長線上の事。
この日、ある種非日常的と言ってもいい事件が起こっていることを、
この時も、この先も知ることはない。
アクアマリーから現状の報告を受けている際に、その振動は起こった。
まだ話は途中だったが、
アクアマリーの持ち込んできた話とこの振動には因果関係があるかもしれない。
そう結びつけたヒョウコはアクアマリーの案内の元、「腕」の付近へとやって来た。
そこで見た物は……巨大な穴と、倒れ込むタクローとブランディーナの二人。ただそれだけだ。
「ブランディーナ! 何があったの!」
アクアマリーが駆け寄り、ブランディーナに詳細を尋ねる。
「あ……アクアマリー、ちゃん……」
呼びかけに意識を取り戻したブランディーナだったが、
本調子ではないらしい。
怪我も多少見られるが、ここまで弱るほどの傷は少なくとも見える部分にはない。
「誰にやられたの!」
「えっと……ねえ。おお、き……な。腕……ろ、ぼっと」
「は? ろ、ロボット? 何それ?」
まるで意味の分からない返答に、アクアマリーは困惑する。
いや、ロボット、という単語の意味はわかる。
しかしそれは本来ならばこの場にはそぐわない単語の筈だ。
だが。アクアマリーは理解してしまっている。思い至ってしまっている。
なにせ彼女は実際に見ているのだ。あの、金属質の腕を……。
「いや、アクアマリー。ブランディーナの言う通りだ……」
同じく意識を取り戻したらしいタクローが言葉を発する。
「タクロー、大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。俺としたことが不覚を取った。心配かけてすまない、会長」
「それはいいんだけれど……。どういう事? ロボットって」
「ああ。そこから生えていた腕が急に動き出したかと思ったら……出てきたんだ。地面から」
「ロボットが出たっていうの……?」
アクアマリーの質問に、タクローは一つ頷き。
「ああ。あれはたしかに、巨大ロボットだった。
巨大と言っても、このあたりの壁よりは身長……いや、全長か?
まあ、高さはなかったんだがな」
「なるほど、それで騒ぎにはなってないというわけね。
それでタクロー。その後そいつはどこへ行ったの?」
「帰って行ったよ。地中にな」
「そ、そう。地中に……」
「それはいいけどさ。ブランディーナをここまで衰弱させるって、そのロボット?
とかいうのは何したわけ?」
「わざわざこのセントウ高校まで乗り込んできたんだ、やることは決まってるだろう」
「決まってるって……まさか」
「ああ、たぶんそのまさかだアクアマリー。――COSMOSだよ」
事態のあまりの馬鹿馬鹿しさにだんだん投げ出したくなってきたヒョウコだったが、
しかしふと、一つのアイディアが彼女の脳裏に閃いた。
「ロボットはこの穴に戻って行ったのね?」
「そうだが……ああ、なるほどな!
この穴を通って行けばたしかに奴の元に辿り着けるかもしれん」
「でも誰が追うのよ? 会長にこんなとこ入らせるわけにも行かないし、
タクローだってダメージ残ってるでしょ?
ブランディーナは洒落になってないくらい衰弱してるから論外として、
私もイヤだし」
最後に挙げた自分が行かない理由が多少気にはなったが、
そこは聞かなかったことにしてヒョウコは考える。
だが直後、考えるまでもないことに気が付いた。
「そうだわ。せっかくだから試してみましょう」
「試すって?」
アクアマリーの問いに、しかしヒョウコは微笑みだけで答える。
そのままポケットから携帯電話を取り出し、簡素なメールを打つ。
「これでよし、と。じゃあ、あとは待ちましょう」
送信と共に言うなり、もうこれ以上話すことはないと言わんばかりに口を閉じる。
辺りにはただ、静寂が満ちるのみであった。
数分後、ヒョウコ達のいる穴の付近にシュン、ススム、コトリの三名が姿を現した。
「ヨウタさんから急にここに来るよう言われたんすけど」
「わたしも似たような事をコウガさんに言われて来ましたー」
「ボクもエルマさんから……って、何ですかこの穴」
三人来て穴の事について触れたのはススムだけであった。
その様子に思わずヒョウコとタクローは苦笑いしてしまう。
「あなた達を呼んだのはまさに、この穴についてなのよ。
ちょっと中を調べてきてくれないかしら?」
「えー、なんか服汚れそうですけど」
コトリの懸念は尤もだ。なにせ地中に潜るのだから、むしろ汚れない可能性の方が低い。
「そうね。けど、この先にあなた達の実力を試す機会が待っているはずよ」
「どういう事っすか?」
シュンの疑問の言葉と。
「いや待て会長」
タクローの静止の言葉は同時に放たれた。
「いくらなんでも彼らに行かせるというのは無謀だ。ここはやはり俺が」
「ダメよ。タクローはまだダメージが残ってるでしょう?
それに彼らなら大丈夫。我らが生徒会メンバーに修行を頼んでおいたんだもの」
「だがそんな一朝一夕でどうにかなるものじゃ」
「それに。私たちが卒業した後、
この学校を引っ張っていくのは新二年生になる彼らなのよ?
その実力を信じてあげないでどうするの」
優しく、だが決して弱くはないその語調に気圧されたのか、
タクローは何も言い返すことができなかった。
シュンはヒョウコの信頼を胸に涙ぐみ、
ススムは「ああ、厄介事押し付けられるのかなあ」と諦観し、
コトリは何だか楽しそうだと思っていた。
「わかった、もう俺は止めない。だが、一応事態の説明だけはしておくぞ」
続けて三人にタクローは解説の言葉を続ける。
そして三人がおおむね事を把握した頃。
「じゃあ、三人に行ってもらうって事でいいのね?」
と、アクアマリーが切り出した。
「そうね。任せてもいいかしら?」
「ハイ、任せてください、会長!
一年のスゲエ奴はあの三人だけじゃないって事、証明して見せます!」
シュンのテンションは最高潮のようで、言うなり穴に向かって歩を進める。
やれやれ、といった具合にススムとコトリが後に続……こうとして、足を止めた。
理由は簡単、何者かに「待て!」と呼び止められたからだ。
何者かと思い、その場にいる七名が一斉にそちらを向く。
「キミたち、話は聞かせてもらった。何も言わなくていい、これを持って行け」
言って、三人に同じカードを一枚ずつ差し出してくるその生徒は、エンペラー男だった。
『フォローカード
エンペラー男
このカードを場に出した時、FPを全て消費することで対戦中に
ノーマルモードとエンペラーモードを切り替えることができる。』
いらなかった。その場で三人ともが捨ててしまう程度にはいらなかった。
失意の底に沈んだエンペラー男を尻目に、今度こそ三人は穴の中へと進んでいく。
穴の底は深い位置にあるようで、
アクアマリーが持ってきた梯子を使い三人はその中へと足を踏み入れた。
進むべき道は大人が十人ほどは横になって歩ける程度の広さがあることから、
ロボとやらが快適に通れる空間にしているのだろう。
だが、灯りが確保されているわけではないため、入り口付近はともかくかなり暗い。
「やべえな、灯り持ってくるべきだったか?」
「シュン……いや、そんな事だろうと思ったけど。
ハイ、懐中電灯。一応人数分持ってきたから」
「わ、やっぱりススムくんは頼りになるねえ。
わたし、松明は持ってきたけど火を持ってなかったよ」
松明とかRPGみたいでかっけえ、などと言っているシュンを横目に、
ススムはどこからそんなものを持ってきたのかというツッコミを胸の中でだけしておいた。
「とにかく、先に行くしかないよ。先輩たちはボクらに任せっきりにするつもりらしいし」
「おうよ!」
元気よく返事をしたシュンは、当然のように先頭に立ち先に進む。
「あ、ちょっとシュン……はあ、まったく。コトリ、先に行って。ボクが殿につくから」
「うん、じゃあ真ん中に立つねえ」
猪突猛進に進むシュンと、
その後ろをのほほんと進むコトリを前にして、
この面子で大丈夫なのだろうかと改めて悩むススムであった。
トンネルは暗く、長かった。シュンが歩くのに飽きる程には。
「なー、まだかー?」
「そんなのボクも知らないよ……」
「でも何だかピクニックとか遠足みたいで楽しいねえ」
コトリの感想は何かズレていると、
今度はさすがにシュンすら思いつつ一行は足を止めずに前へ前へと進む。
分かれ道などない一本道で、本当にただの通り道らしいことが唯一の救いだろう。
しかし、周囲を見回しても見えるのは土に石、モゾモゾと動く虫の類のみ。
単調な景色は疲労を加速させる。
こんな状態でタクローを負かした相手と対峙して、
果たしてマトモにCOSMOSをやれるのか不安は残る。故に。
「ちょっと休憩しない?」
ススムのこの提案も尤もであろう。
精神力を要求するゲーム故に、疲労状態での対戦などは避けるべきなのだ。
公式の大会であっても、
対戦と対戦の間には十分な休息時間が存在することからもその点は窺えるだろう。
噂によれば、プルート団を壊滅させたというコマンダーは
本当の意味での連戦……休憩なしの勝負を続けたというが。
プルート団の壊滅自体は事実だと確認されているらしいため疑いようはないが、
さすがにそこまでは眉唾物だろう。所詮は噂話、鵜呑みにするのは問題がある。
それはともかく。
「ところでさー、巨大ロボだっけ? どんなデッキなんだろーな」
休憩中、そんな事をシュンが言い出した。
「それは対峙してみるまで分からないけど……ロボ、という事はメカだからね。
金星属性のデッキ辺りが本命じゃない?
結構メカメカしいカードが多いし。プチタンクとか」
「んー、火星属性にもマシンファイターとかいるよ?
メカっぽいのの種類は少ないけど」
「そっかあ……他にも未知のカードとか使うのかなあ」
「どうかな。というより、そもそもボクはロボって時点でおかしいと思うんだけど」
「まあ、現実味はないよねえ。でもいるんだから仕方ないんじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど。でも精神力を要するCOSMOSを、
無機物であるロボがやるっていうのは……どうにも納得できないっていうか」
精神力が必要だからこそ、こうして休息を取っているわけだし、とススムは締めくくる。
「どっかの研究所が作ったCOSMOSの訓練用マシーンの暴走とか?」
「そんな研究所、あったら大問題だよ……」
COSMOSを機械にプレイさせるための研究をするには、
ヒトの精神力をデータ上にトレースする必要があるだろう。
そのために必要なのは、人体実験に他ならない。
だからこそそんな研究は絶対に許してはいけないのだ。
尤も、安全にそんなマシンが製作できるのであれば、ちょっと心惹かれるものはあるけれど。
「さ、そろそろいこ? 休憩も十分できたし、デッキの調整もできたし」
この時間を利用して、どうやらコトリはそんなことをしていたらしい。
マイペースなようでいて、なかなかどうして抜け目がない。
「お、やる気満々だな、コトリ! よーし、じゃあ行くぜー!」
勢いを取り戻したシュンの掛け声に対し。
「おー!」
コトリは元気よく応じ。
「お、おー」
ススムは半ばため息交じりに応えたのだった。
休息から歩くこと五分ほど。一同は、巨大な鉄の扉……いや、
門と言って差し支えの無いものを目前にしたところで立ち止まった。
「この奥……でいいんだよな?」
「たぶん、そうだろうねえ」
「でもこれ、どうやって開けるんだろう」
言いつつ、ススムは試しに押してみる。が、ビクともしない。
ロボの腕力基準で開閉できる設計になっているのだとすれば、
もはや男子高校生二人と女子高校生一人にはどうしようもない。
「あれ、何だこれ?」
悩んでいる横でシュンが声を挙げる。
「何か見つけたの?」
コトリが尋ねると、「ホラあそこ」とシュンは指を差す。
「なんかパネルみたいな」
「これは……パスワードを打ち込めば開く、といったタイプなのかな」
「どうかなあ。爆発しちゃうかもよ?」
「ばっ……!?」
「あはは、冗談冗談。さすがにこんなトコで爆発したら絶対落盤とかしちゃうもんね」
「はあ、それはともかく、どの道ボクらにはどうしようもないよ、これ。
パスワードなんて分からないし、ヒントすらないんだから」
「え? アレヒントじゃねえの?」
言ってこれまたシュンが指を差す。その先には、壁に貼られた一枚の紙があった。
『第二惑星の住人たる無限の生命を得しemes、その名』
そこにはたった一行、それだけが記載されており、
他には汚れがある程度で何の記載もない。
「暗号かなあ?」
「emes……大文字になっていないから、頭文字とかじゃないのかな?」
「よくわかんねえけど……えっと水金、だから第二惑星って金星だろ?
じゃあ金星属性のモンスター片っ端から入れればいいと思うぜ!」
「それは危険だよ、間違ったらどうなるかわかんないし」
「無限の生命ってことは……HPが高い、とかかな」
「いや、いくら高くても有限だろ? じゃあ無限じゃねえだろ」
「問題を作った人の感覚に拠る所もあるから、なんとも言えないなあ。
そもそも問題を作った人だけが答え分かればいい物みたいだし」
「ちなみに金星属性で一番HPが高いのは……八のドルマージシップかな。
一個下の七なら結構いっぱいあるねえ」
「うーん、せめてemesが何なのかわかればなあ」
「たしか真実、だっけ」
「ん? 何言ってんだ?」
「だから、emesの意味。ヘブライ語だったかな……って、ああ。そういう事かあ。
答えわかっちゃった」
「へ?」
「マジでっ!?」
「うん。たぶんゴーレムだよ。たしか額に彫られた文字だっけ。そんな話聞いた事あるよ。
それにHPを全回復するって効果があるから、無限の生命って条件にもピッタリだし」
「どこで聞くんだろう……まあ、その話はまた今度聞くとして、入力してみようか」
「おう、してみたぜ」
また勝手に、と内心ススムは思いつつも、それを声に出すことはできなかった。
ゴゴゴゴ、と大音量を響かせながら鉄の門が開いたからである。
内部は様々な機械やその部品、或いは何らかの薬品の入った瓶の詰まった棚に囲まれた、
さながら研究室のような空間だった。
奥にはタクローを倒したと思われる巨大ロボのような何かもあり、
確実にここが目的地であるという事はもはや疑いようのない事実だろう。
そして、もう一つ。三人の登場に驚きの表情を隠せない、
白衣に身を包んだ貧相な男が一人椅子に座ってこちらを向いていた。
「な、ナニモノだねキミタチっ!」
「いやナニモノって、あんたこそナニモノだよ」
「そうか。ロボってことは作った人がいるってことを忘れてたよ」
「あー、そっか。じゃあこの人連れて行けば解決なのかな」
「解決? はっ、そうか、そういう事デスか!
キミタチはセントウ高校からの追っ手デスね!」
白衣の男はここでようやくその事に思い至ったのか、大仰な身振りで言う。
「まあ、そういう事になりますね」
「つーわけでおとなしくオレらに捕まりやがれ!」
対して、ススムとシュンは答えつつも一歩前に踏み出す。
「ふ、ふふふ。そう簡単に捕まるモノデスか!」
言うや否や、白衣の男は以外にも俊敏な動きでロボの元へと走る!
「しまっ……ロボが!」
「ロボ? フフフ、違いマスね。コレはロボなどではアリマセン」
「え? 違うの? どう見てもロボなんだけどなあ」
コトリの言葉が終わると同時に、白衣の男はロボによじ登り、胸部に搭乗した。
「フハハハハ! たしかに見た目がロボっぽくなったことは認めマショウ!
しかぁし! コレはロボではなく……『精神力増幅装置』ナノデス!」
さも驚愕の事実を述べるかのように白衣の男は、そう声を張り上げて叫ぶ。が。
「せ、セイシンリョクゾウフクソウチ!? ……って何だ? 分かるかススム?」
「はあ。たぶん今の、彼の見せ場だよ。ちょっとくらい乗ってあげても良かったんじゃない?」
「そうだねえ。でもやっぱり何なのかよくわかんないや」
三人の反応はイマイチであった。
「ぐ、ぐぐ。キミタチ……フフ、いいデショウ。
このワタシ自ら説明してサシアゲマス。この『精神力増幅装置』はその名の通り、
搭乗者の精神力を大幅に増幅させる装置ナノデス。この装置のオカゲでワタシは
七レベルどころか八レベル……いえ、九レベル、十レベルの壁すら悠々と突破出来るのデス!」
「なっ、そ、そんなレベル聞いたこともねえぞ!?」
「これは想像以上にヤバいかも……」
「わたし達、七レベルすら出せないもんねえ」
「ホホウ、そうデスか。ならば、フフ。
たった今調整の終わったこの、ワタシの最強のデッキでお相手致しマショウ!」
「最強の、デッキ?」
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、って言うけど。マズいね」
「ぐ、でもやってみなきゃわかんねえ! 行くぜ!」
「フフフ、三人纏めてお相手シマスよ!
その上で、恐れ慄きナサイ! そして、ワタシに敗北シナサイッ!」
かくして、戦の火蓋は切って落とされた!
数秒後。無残に敗北した白衣の男の姿がそこに在った。
「くっ! ワタシとしたことが……凡ミスデシタ……」
「いや、凡ミスというかなんというか」
「さすがに、それはないよねえ」
「ああ。一レベルのモンスターをデッキに入れ忘れるとか、ないよな」
実際、一レベルのモンスターをデッキに入れずに完成させることは出来なくはない、のだが。
モンスターカードを出せずに負けるだけである。
三対一だったことも相まって、瞬殺もいいところである。
勝負がつくと同時、白衣の男は「精神力増幅装置」から吐き出され、
今や三人に囲まれ縮こまっている。
「さ、じゃあ連れてくかー。これで解決だろ」
「そうだねえ。あ、そういえばさ」
「ん? 何だ?」
「昼休みにシュンが言ってた、研究で強くなったって人、この人じゃない?」
「あー……」
「フ、噂になってイマシタか。まあ、派手に暴れマシタからね」
「その時はレベル一のモンスター入れてたはずなのにねえ」
「う、ウルサイデスよッ!」
そんな会話を交わしつつ、
ロープがなかったので手近にあった謎のチューブで白衣の男を縛り、
事件は無事解決したのであった。
……。
…………。
「なるほど、事情はわかったわ。じゃあ彼の身柄は生徒会で預かっておくわね」
トンネルから抜け出し、白衣の男をヒョウコ会長に引き渡し、事情を説明し。
「はい、わかりました」
一通りの報告が済んだところで、
ヒョウコはタクローに白衣の男を空き教室に連れて行くよう命じた。
どうやらダメージもすっかり回復したらしく、
いつものように元気よく返事をし、勢いよく男を引っ張って行ってしまった。
「三人とも、よくやってくれたわね」
「いえ、ボクに出来ることをやっただけですから」
「それに対戦の内容は随分拍子抜けだったしなー」
「そうだねえ。アレなら誰でも勝てたかも」
「話を聞く分には、相当マヌケな内容だったみたいだけど。
でもそういったミスの無い状態での対戦なら、簡単にはいかなかったでしょうね」
「ええ。それはボクもそう思います。
『精神力増幅装置』なんて、あっちゃいけないモノでしょうし」
「そうね。……アクアマリー」
思案顔を続けていたヒョウコはそこで、アクアマリーに向き直り声をかける。
「何です? 会長」
「貴女、ちょっと行って壊してきてくれない?」
「えっ! わ、私ですか?」
「ええ。頼めるかしら」
「でも、私は……」
表情に陰りを見せるアクアマリー。おそらく彼女はその胸中にある、
「何か後ろ暗い事」故に重要な任務を任せられる資格がないとでも考えているのだろう。
「いい? 貴女が何を思ってるのか、私にはその詳細は分からない。
けどね、これだけは覚えておきなさい。
私はセントウ高校のみんなの事を信用しているわ。
そしてそのみんなの中には、アクアマリー、貴女も含まれているのよ」
「っか、かい、ちょぉ……! わかりました! 必ず、やり遂げて見せます!」
「ええ。まあ簡単な仕事だと思うから、ちゃっちゃとお願いするわ」
「はいッ! 行ってきます!」
言うと同時に、脅威的なスピードでアクアマリーは駆けて行ってしまった。
落ちることなくしっかりと穴を降りることができていたのは奇跡だとシュンは思った。
「さて。じゃああとの処理は私達に任せて。
あなた達にはちょっとお願いしたいことがあるのよ」
「お願い? 何ですか?」
「オレ達に出来る事なら何でも言ってください!」
「どこまで出来るかわからないけどねえ」
「簡単な事よ。……いえ、ある意味難しいかもしれないけど」
苦笑しつつ言うヒョウコに、三人は一様に疑問符を浮かべる。
「簡単だけど難しい事?」
「ええ。イベントホールでね。
まだクスラさんとモロハさんが対戦続けてるのよ。そろそろ止めてきてくれない?」
「うへえ、それチャンピオンに頼んでくださいよ」
「頼もうとはしたわ。たださすがの私も、
彼女たちの熱気に押されちゃってね。近寄れなかったのよ」
苦笑を続け、ヒョウコは述べる。だが。
「えっと、会長でも近寄れない熱気の中に、オレたちで突入しろと……?」
「わたしでも、ちょっとキツいなあ」
「でも、やるしかないよ……修行の件で会長に無理言っちゃった側面もあるし」
「あー、だよなあ。うー、行きたくねえー」
なんだかんだと言いつつも、
イベントホールへと歩を進めるシュン、ススム、コトリ。
その三人を笑顔で見送るヒョウコ。
この先、恐らくトンネルの先で起こった対戦よりも熱い、
いや暑苦しい出来事が三人を待ち受けているのだろう。
だがそれは、紛れもなく日常の延長線で。
間違いなく、平和を噛みしめるエピソードになるはずだ。
そしてそんなエピソードの方こそが、高校時代という青春には必要不可欠なもので。
むしろいらないのは、非日常の方なのだ。
だからこそ。
「青春に……ロボはいらないのよね」
そうポツリと、噛みしめるように呟いたヒョウコの言葉は、
いい言葉のように聞こえてどう考えても当たり前の事であった。
なお。
蛇足ではあるが、今回の事件の傍らで、
何故自分のフォローカードを使ってもらえなかったのかを
真剣に悩むエンペラー男の姿があった事をここに記しておこう。
そろそろノーマルモードで経験値とPITを稼ぐことを覚えてもらいたい。